最近(2022年2月)、知的財産及び商事裁判所は、職務発明により生じた被用者の台湾専利法上の報酬請求権に関する事件で、二審判決(108年民専上字第36号)を下した。裁判所は、この判決で、たとえ原告の主張のように現行の専利法の規定が雇用者側に偏りすぎる嫌いがあるとしても、裁判所には現行法に悖る判断を下す権限がないことを強調した。
事件の概要は、原告が、自身のLED関連の発明が在籍していた会社(被告)に膨大な利益をもたらしたものの、支払われた報酬が過小であるとして、被告に専利法第7条第1項に基づく適切な報酬(原告の計算によると、この適切な報酬は4千万台湾ドル、約150万米ドルに相当)の支払を求めて提訴した、というものである。
原告は、数年前に第一審にて敗訴していたが、今回、第二審裁判所も専利法第7条第1項により会社との契約が優先的に適用されるべきであると判断したことで、第二審も敗訴する結果となった。(第一審の経緯はこの記事を参照。)
専利法第7条第1項の規定は下記のとおりである。
被用者が職務において完成した発明、考案又は意匠について、その専利を出願する権利及び専利権は雇用者に帰属し、雇用者は被用者に適切な報酬を与えなければならない。ただし、契約に別段の約定がある場合は、その約定に従う。
本件の紛争に関して、専利法第7条第1項から生じた最初の問題点は、「同条項のただし書きの規定により、権利の帰属に関する事項のみならず、被用者の報酬を請求する権利に関する事項についても、雇用者と被用者の間の契約で約定することができ、専利法第7条第1項本文における適切な報酬の請求権に関する規定の適用を排除できるか」ということである。
この問題点について、知的財産及び商事裁判所(当時の名称は知的財産裁判所)による第一審判決は肯定的な見解を示した。そして、第二審裁判所(同じく知的財産及び商事裁判所)も第一審裁判所の判断を維持した。第二審裁判所は今回の判決で、その判断が専利法第7条第1項の文言のみに基づくものではなく、立法の経過から論じても同じ結論を導き出せることを強調した。即ち、専利法の立法の経過から見ると、専利法第7条第1項の文言は、当初台湾の国会における大きな議論を経てから1994年に形になったものであり、その後、ロビー団体がその条文の改正を企ててきたが、一向に改正されてこなかった。過去の28年間、国会では少なくとも二回に渡って雇用者と被用者の間に職務発明の報酬に関する約定が存在しない場合の発明者となる被用者が請求できる報酬の基準値又はガイドラインの新設の是非を議論していたが、関連する議案が第三読会に入ったことは一回もなかった。これらの事実から、国会には職務発明の報酬に関する雇用者と被用者の間の約定に干渉する意思がないことを証明できると二審裁判所が判断したわけである。
さらに、第二審裁判所は下記のとおり指摘した。
控訴人(原告)が日本、ドイツ、中国の関連する法律を例として引用したが、それらの法律における職務発明の報酬に関する規定はわが国の規定と異なり、いずれもわが国のように「契約に別段の約定がある場合は、その約定に従う」というような規定がない。
・・・また、たとえ控訴人が「わが国の現行規定が国際的趨勢に逆らい、弱い立場にある発明者に対する保護が足りず、台湾の競争力に支障をもたらす」と主張したのが必ずしも根拠のないことでないとしても、これは立法政策上選択・決定すべきことであるので、立法機関にて利益衡量してから、法改正を通じて解決を図らなければならない。司法機関としては、立法者の権限を超越して法を作り、制定時に公衆が理解していた法律の意味を逸脱させるために、外国の法律を法理として引用したり、一定の目的のために法律を拡張解釈したりしてはならない。
そして、二つ目の問題点は、被用者(発明者)と雇用者の約定が優先的に適用されるのみならず、その約定が「被用者の発明への貢献に対する金銭的奨励は既に賃金に含まれる」というような、報酬を請求する権利を否定し、若しくは実質的に制限する内容である場合、問題はないか、ということである。
これに関し、原告は、台湾の知的財産局が2014年に出版した専利法の逐条解説に、被用者が適切な報酬を請求する権利は約定で排除できるものではないという見解が明記されていると主張した。対するに、第二審裁判所は直接この問題点についてその立場を明言しないように見えたが、「知的財産局の見解は行政機関の見解に過ぎず、裁判所を拘束しない」と原告の主張を退けたので、これはある程度で上記の問題点に対する第二審裁判所の立場を示したかと思われる。
また、原告は、もう一つの有力な主張として、原告と被告の間の約定が被告が予め用意した定型約款(中国語:定型化契約。事業者が多数の相手方と同じ種類の契約を締結するために予め作られた契約条項)からなるもので、厳格な審査を受けなければならないと主張した。それに対し裁判所は、確かにその約定は被告が用意した定型約款からなるものであったが、報酬を給付する義務を完全に免除していないので無効ではないと判断した。この判断から、裁判所は「被用者の報酬を請求する権利を完全に否定すれば、定型約款に対する台湾民法上の規制が適用される」という立場に傾いているかもしれない。
台湾民法第247条の1によると、当事者らが一方の当事者が用意した定型約款に従い下記のいずれかの約定をし、その情状に鑑みて明らかに公正を欠いた場合、約定は無効となる。(一)予め契約条項を定めた当事者の責任を免除・軽減する場合、(二)他方当事者の責任を加重する場合、(三)他方当事者に権利を放棄させ、又は権利行使を制限する場合、(四)その他他方当事者に重大な不利益をもたらす場合。
そして、最後の問題点は、契約で職務発明に対する報酬の給付義務を完全に免除することができないとすれば、裁判所にとって適切な報酬とはどれぐらいなのか、それを定める際に考慮すべき要素は何か、ということである。
今回の二審判決は直接これらの問題点に触れていないが、被告が定めた「発明創作奨励規則」、即ち原告と被告の間の約定を見れば、示唆が得られるかもしれない。「発明創作奨励規則」によると、発明者が得られる奨励金は下記の表のとおりである。

第二審裁判所によると、上記の奨励規則が専利法第7条第1項に基づいて適切な報酬を請求する権利に優先して適用されるので、原告が請求できるものは奨励規則に規定される金額であるところ、原告も既にその全額の支払いを受けていた。
さらに、原告が上記の奨励規則により受けた奨励金が明らかに低すぎたり、不適切・不合理であったということもないので、被告が原告に支払った報酬が過小であったとは言えない。即ち、
控訴人(原告)は、会社の資源を利用して発明を完成させてから直ちに上記の規則により職務発明の報酬を取得することができ、膨大な開発費用、後続の製品の生産管理、マーケティング、人事管理等の各種のコストを負担する必要もなかった。対するに、被控訴人(被告)は上記のコストや費用を負担したほか、被用者の職務発明に対する報酬を支払って取得した専利出願権、又は専利権が会社に如何なる商業上の利益をももたらさない可能性があった。
・・・さらに、控訴人が在職期間に完成させた職務発明は本件専利だけでないが、他の職務発明について、控訴人が奨励規則により報酬を受けなかったわけではない。
原告が最高裁判所に上告したかどうかは不明である(現時点では上告した記録がない)ので、本件の第二審裁判所の判断が本件紛争を決着させたとするのは早計であるが、数多くの台湾テクノロジー企業が本件の被告の職務発明に対する報酬の支給制度と類似した制度を採用しているので、知的財産及び商事裁判所のこういった契約の自由を重視する立場は、企業にとって朗報であるに違いない。