実務上、会社(使用者)と従業員の間で、退職後の競業避止に関する条項が定められることがよくある。台湾では、2015年11月27日に労働基準法(以下は、労働法という)の改正案が成立し、競業避止の強行規定が新設され、下記の規定に違反すれば無効になるとされている。
- 次に掲げる規定を満たしていないとき、使用者と労働者とが退職後の競業避止条項を定めることができない。
一、使用者に保護されるべき正当な営業利益がある。
二、使用者の営業秘密に接触または使用できる業務を労働者が行っていた。
三、競業避止義務に関する期間、地域、業務の範囲及び就職先は、合理的な範囲を超えていない。
四、使用者は労働者が競業避止を課せられることによる損失を合理的に補償する。
- 前項第四号に定められる合理的な補償に、労働者が使用期間に受領した給付は含まれない。
- 一項の各号の規定に違反した場合、その定めは無効とする。
- 退職後の競業避止期間は二年超えてはならない。二年を超えている場合は二年とする。(9条の1)。
但し、法改正前に制定された労働契約の場合、法の不遡及原則により直接に前記の法文で判断を下すことができない。では、その効力はどのように判断されるのだろうか。これにつき、台湾最高裁判所が、今年の7月において、立て続けに2020年度台上字第4号判決(事案1)、2019年度台上字第2125号判決(事案2)を下したことは、まさに注目すべきである。
それらの事案において、当事者は複数の社員であり、その中に「総経理」という台湾会社における経営層も含まれていた。単純な労使関係に該当するかどうかはまだ探求する余地が残されているが、これらの契約条項はいずれも個別に制定されたわけでなく、あくまでも会社側が片側で予め制定した約款であった。このため、裁判所は、これらの労働契約を「付合契約」であると判断した。台湾民法247条の1では、「契約当事者の一方が予め同じ内容の契約を結ぶために定めた約款について、下記の各号のように著しく公正を欠く場合、その部分については無効とする。…二、他方当事者の責任を重くすること。三、他方当事者に権利を放棄させ、または行使することに制限を掛けること」のように付合契約に関する規定が定められている。裁判所は、競業避止約款が著しく公正を欠くかどうかの判断につき、前記の労働法9条の1の判断要件を一つの参考要素として見るのは差し支えないと判示した。
事案1において、原審は、当該契約で、従業員らが1~2年の競業避止義務が課せられている代わりに、何らの代償措置も設けられておらず、しかも競業避止の地域について具体的な定めも欠如し、元会社と同一または類似の業務を禁止するというかなり広い制限がかけられていたため、明らかにその労働権に大きな影響を与えていると指摘した。最高裁は、この見解を是認した。また、原審は、会社側、従業員らが何らかの営業秘密を所持していることについても立証しておらず、その使用者に保護されるべき正当な営業利益があるとは言い難いと判断した。そして、当該競業避止条項は著しく公正を欠くとして、民法247条の1により無効とされた。
事案2において、原審は、当該競業避止条項が有効であると判断した。しかし最高裁は、「労働権が憲法で明文規定されている保障すべき権利である以上、競業避止の制限範囲は、明確、合理的、且つ必要であるという要件を満たし、制限がかけられている側に、当人の経済及び生存利益に影響しない合理的な代償措置を与えなければならず、そうした場合に初めて競業避止の定めが無効とならない」と指摘した。しかも、当該競業避止宣誓書には、退職後一年以内に、世界中で元の会社と同じ分野の仕事に従事したり、その提携会社に就職してはならず、違反した場合は違約金を賠償することになると定められていた。それはとりもなおさず、労使双方の間で、従業員だけに片務的且つ無償的な法律義務が課せられたものであり、著しく公正を欠くことがないとは言い難い。更に最高裁は「原審が、本件において実質的な補償があるかどうかを、(法改正前に制定された)競業避止条項の合法且つ有効性についての判断要件というわけでないと認めたことは速断である」と明白に指摘した。そして、判決を破棄し、知的財産裁判所に差し戻した。
前記の最高裁の判決からわかる通り、たとえ労働契約が労働法9条の1が定められる前に取り決められたものであったとしても、当該条文に挙げた内容は、競業避止条項が著しく公正を欠くかどうかの重要な参考基準となっている。むろん、裁判所は、具体的な条項内容について斟酌し、例えば当該社員が守るべき営業秘密に関係する業務を行っていたかどうかや、競業避止の範囲及び地域・期間等が具体的且つ合理的であるか等、公正を欠くかどうかを判断する。但し、事案2において、代償措置の取り決めがあるかどうかはかなり重要な(但し唯一ではない)判断要素となっていることもうかがえる。この点はすでに社員の経済及び生存利益に直接な影響を与えてしまっている。これにつき、上記の事案における一般の従業員に対する競業避止の有効性判断は、日本の判例見解での判断基準とほぼ同一であるといえる[1]。日本国憲法にも職業選択の自由が明文保障されており、一旦競業避止条項がその権利を侵害した場合、公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為として、日本民法90条の違反となり無効とされる[2]。
前記の条文につき、労働法施行規則7条の1から3までは、台湾の実務見解を取り入れ、参考できる基準をさらに細かく規定した。例えば、
- 競業避止の期間は、使用者が保護しようとする営業秘密又は技術情報のライフサイクルを超えてはならず、最長二年を超えてはならない。
- 競業避止の地域は、元使用者の実際に営業活動をする範囲に限る。
- 競業避止の範囲及び就職先は、具体的且つ明確でなければならない。
- 每月の補償金額は、労働者が退職する際の月平均給料の50%以下を定めてはならず、更に労働者の競業避止義務を守るために受けた損失に相当しなければならない。
従って、今日労働者を保護する流れの下で、企業は、労働者と競業避止条項を定める際に、会社側の営業秘密を守りながらも、紛糾にならないように公平的な条項を定めることに留意しなければならない。
[1]「平成24年度人材を通じた技術流出に関する調査研究」、本編参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」、経済産業省委託調査、頁19。
[2] 東京地判 H24.3.13,前揭書、頁18。