台湾社会におけるインターネットの普及に伴い、これを介した著作権侵害事案が多く発生している。このような著作権侵害の侵害者の刑事責任を追及するために、「デジタルフットプリント」(デジタル上の足跡。即ちインターネットを利用したときに残る記録の総称)が、著作権侵害案件を取り調べる際に益々重要な証拠としての役割を担うようになってきているが、それと同時に、このような証拠の使用は、かつてない裁判実務上の課題を惹起している。かいつまんで言えば、多くの課題は、「どのようにデジタルフットプリントを被告に結びつけるか」という問題に付随する。この問題について、台湾の知的財産裁判所は2019年6月に、ある示唆に富んだ判決(108年度刑智上易24号刑)を言い渡した。
事件の発端は、台湾のある著名な映画製作会社(以下、A社という)の社員が、インターネット上において自社の権利を侵害しているコンテンツの有無をチェックしていた際、正体不明のユーザーらがP2Pソフトウェア「BitTorrent」を用いて海外における「sugobbs.com」というウェブサイトからA社が製作した映画をダウンロードしていたことに気付いたことに始まる。この著作権侵害行為が発覚した後、A社は自社の前例に従い、警察当局に刑事告訴し、取調べを行うよう要請した。もともとA社は侵害者らが使ったIPアドレス以外の情報を知らなかったが、警察当局は何らかの方法でそのIPアドレスの所有者らの氏名と住所を確認することができた。その結果、そのIPアドレスの所有者らは、A社の著作権を侵害したとして検察官に起訴された。
警察当局に洗い出されたIPアドレスの所有者のうち、多くはA社と和解を行ったが、一名の所有者(以下、被告という)はA社との和解を拒否し、そのIPアドレスが著作権侵害に用いられたことのみを根拠として自分が著作権侵害を行ったことを証明することはできないと主張した。また、被告は、自身が「sugobbs.com」の会員資格を有しない上、問題となるダウンロードが行われたその時間帯は会社で勤務していたので、映画をダウンロードできるはずがなく、さらに、被告はいつも家に訪れた友人にWIFIのパスワードを伝えていたので、誰かが無断で被告のIPアドレスを利用して犯罪行為を行ったのだと抗弁した。
被告の弁解に対し、検察官は「被告のIPアドレスを使用するにはパスワードが必要であり、映画をダウンロードするには大変時間がかかり、隣人や通行人が無断で被告のIPアドレスを使用してダウンロードできるはずがないので、被告以外の人間が当のダウンロードをすることはありえない」という論理で反論を試みた。しかし、一審の地方裁判所と二審の知的財産裁判所は、いずれも被告の主張を認めた。上記の各裁判所の判断では、検察官は被告による犯罪行為の存在について「合理的な疑問を残さない程度」まで証明していないとされた。
特に、知的財産裁判所はその判決で次のとおり指摘している。
- 無罪推定原則の保護を受けて黙秘権を享有する被告には、自分が無罪であることを証明する義務がない。
- 被告は、どの親戚や友人が映画をダウンロードしたかを知っているかもしれないが、被告にその正体を供述させるということは、人に無理を強要することである。たとえ被告がそのIPアドレスを管理する責任を負うとしても、他人の代わりに罪を引き受ける理由がない。
- 被告が「sugobbs.com」の会員であることを証明できる証拠がない上、検察と警察は被告が使用したパソコン又はモバイル機器を差し押さえたり、その内部に保存されたデータを解析したりしていないため、そのIPアドレスを使って不法に映画をタウンロードした証拠を掴んでいない。
なお、裁判所の論理では、たとえ検察官がさらに一歩踏み込んで被告のIPアドレスを用いて「sugobbs.com」の会員資格を取得したことを証明できたとしても、被告は、その証拠はもう一つのデジタルフットプリントに過ぎず、「sugobbs.com」の会員資格を取得してから映画をタウンロードしたのは被告に無断でそのIPアドレスを使用した第三者であったと主張できるかもしれない。
一方、知的財産裁判所は今回の判決で、検察官が住居所を捜査して被告のパソコン又はモバイル機器を差し押さえてその内部に保存されたデータ等の有力な証拠を取得できれば、証拠としてのデジタルフットプリントの証明力を補強することができると示唆しているが、今後の著作権違反事件を処理する際、裁判所が捜査、差し押さえの基準を緩めていくと仄めかしているかと言えば、そうではない。何故なら、この類の犯罪は重大な犯罪ではなく、実際、著作権法と刑事訴訟法の規定によれば、著作権侵害事件の審理は知的財産裁判所までであり、台湾最高裁に上告することができない。
また、台湾の「通信保障及び監察法」によれば、被告が一定程度の重大な犯罪を犯したと疑われる場合、裁判所の許可があれば、検察・警察当局は通信事業者に被告の通信記録や、それに関連する個人情報を提出するよう命じたり、傍聴等を行ったりすることができるが、著作権侵害は「通信保障及び監察法」に規定される一定程度の重大な犯罪ではないので、検察官は、傍聴は言うまでもなく、被告の通信記録、個人情報の提出を通信事業者に命じることすらできない。
これまで、台湾の映画製作会社はIPアドレスを主な証拠として著作権を侵害したと疑われるIPアドレスの所有者を被告として告訴を提起してきたが、「著作権侵害をしたのは別人である」という抗弁で被告が知的財産裁判所の二審訴訟まで勝ち続けたケースは現在までで少なくとも二件あるので、今後この類型の案件において被告が無罪を主張するなら、この抗弁が主流となるであろう。そして、映画製作会社、又はソフトウェア開発会社は今後どのようにこの変化に適応して権利を保護していくかは今後の注目に値する。
最後に、「通信保障及び監察法」の制限があるにもかかわらず、上記の事件で、警察が一体どのような方法で被告(即ちIPアドレスの所有者)の個人情報を得たかについて訝しく思う方がいるかもしれない。実際には、警察が通信事業者を訪問して任意に被告の個人情報を提供する意思があるかどうか尋ねたところ、通信事業者は任意に被告の所有者の個人情報を提出したとされている。被告は、警察が違法な方法で被告の個人情報を取得したとして、それを証拠として用いてはならないと主張したが、知的財産裁判所はその主張を肯んじない。知的財産裁判所の論理では、通信事業者に個人情報の提出を命じるための裁判所の許可がないものの、警察は通信事業者を訪問して任意に被告の個人情報を提供する意思があるかどうか尋ねたのみであるので、その個人情報の取得は違法ではない。つまり、暴力又は他の違法な方式で取得した証拠でなければ、通信事業者から取得した証拠には証拠能力がある。だが、上記のとおり、このような案件は最高裁に上告できないので、この証拠能力に関する知的財産裁判所の見解は最高裁に認められた確固たるものではない。