台湾知的財産裁判所が設置10周年を迎えたその10日前、台湾の最高司法機関である司法院は同院のニュースリリースで、現存の知的財産裁判所を「知的財産及び商業裁判所」へ組織再編するための新法の草案及び現行法の改正案の作成が完了したと発表した。
上記の新法の草案及び現行法の改正案とは、「商業事件審理法」の草案及び「知的財産裁判所組織法」の改正案である。これらの法律案が立法院(国会)で可決されれば、「知的財産及び商業裁判所」は、台湾で初めて設置される、専門性の高い独立した二つの法廷(即ち「知的財産法廷」及び「商業法廷」)を備える裁判所となる。なお、この二つの法廷は、それぞれ異なる手続法(即ち下記の「知的財産案件審理法」と「商業事件審理法」)により規律される予定である。
現存の知的財産裁判所は、今後「知的財産法廷」へと組織再編される予定であるが、組織上の調整が若干行われるのみで、大きな変化は起こらないものと思われる。具体的にいえば、「知的財産法廷」は、その管轄権の範囲及び審級が知的財産裁判所のそれと同一であるほか、知的財産訴訟を審理する場合、2008年以来台湾における知的財産訴訟のあり方を規定している「知的財産案件審理法」に従うこととされている。
このように、理論的にいえば、台湾の弁護士・弁理士等の知財実務家が持ち合わせている知財訴訟に係る知識は、この司法院による「知的財産及び商業裁判所」の設置計画に無難に適応できるであろう。今後も、一名の裁判官が知的財産案件の一審訴訟を審理すること、三名の裁判官が知的財産案件の二審訴訟を審理すること、及び法廷で訴訟事件を審理する際、又は被告の営業場所で証拠保全を行う際に技術審査官が科学技術に係る事項について裁判官を補佐することは変わらない。また、知的財産権訴訟の数が増えなければ、いままで知的財産裁判所に在籍していた裁判官と技術審査官がそのまま「知的財産及び商業裁判所」に所属するようになり、新たな人員は募集しないものと思われる。
一方、商業法廷は新設される法廷であり、その審理の拠り所となる「商業事件審理法」もまだ草案の段階で止まっている。現在の予定では、商業法廷は、訴額が1億台湾ドル以上の紛争、又は上場企業の関わる市場秩序と投資者の利益に重大な影響を与える紛争に対し管轄権を専有するほか、知的財産法廷と同じく、案件の一審と二審を審理するとされている(なお、商業法廷の場合、一審も二審も三名の裁判官で審理する)。ところが、知的財産法廷と異なり、商業法廷は刑事訴訟、又は行政訴訟を審理しない。また、この二つの法廷は、互いに独立した性質を尊重するために、いずれか一方の法廷に所属する裁判官が他方の法廷の管轄権内にある案件を審理しないように計画されている。
知的財産法廷と商業法廷との間には上記のような任務配分があるものの、司法院の計画では同一の裁判所に設置されるため、今後、少なくとも裁判手続上の事項においてこの二つの法廷の審理実務は相互に影響するものと多くの知財実務家は思っている。おそらく、弁護士・弁理士等の知財実務家には、「商業事件審理法」の草案のいくつかの主要ポイントに馴染みがあるに違いない。例えば、「商業事件審理法」には、ビデオ会議の方式による審理を容認する規定、そして秘密保持命令、仮の地位を定める仮処分に関する規定があるが、それらの規定は、明らかに「知的財産案件審理法」における同等の規定を踏襲したものである。これらの規定について、商業法廷は知的財産裁判所(又は弁護士・弁理士等の知財実務家)が従来行ってきた実務上の運用を直接採用する可能性が高い。そこまでに至らなくても、どのように上記の事項を処理するかを考慮する際、知的財産裁判所が従来行ってきた実務上の運用が、よい出発点となるものと思われる。
一方、知的財産法廷が「商業事件審理法」の規定を審理の拠り所にできるかは不明である。例えば、大陸法系に属する台湾法には「証人/鑑定人」の二分法があるが、「専門家証人」(expert witness)の制度を訴訟制度に導入すれば、この二分法の例外となる。かつて台湾の法制度に専門家証人を導入すべきであると呼びかけた知的財産裁判所の裁判官がいたが、今回の「商業事件審理法」の草案には専門家証人の制度が導入されている。今後、商業紛争の一方当事者が、事実上の事項について専門知識や経験に基づいて証言してもらうよう専門家証人を召喚し、併せて他方当事者の反対尋問を受けさせることが期待される。しかし、知的財産裁判所(又は知的財産法廷)の場合、既に技術的専門家に当たる技術審査官が設けられている以上、この専門家証人に関する動きを取り入れられるかは疑わしい。
また、今後、知的財産法廷と商業法廷が同時に管轄権を持つ案件が生じる可能性もある。例えば、ある会社の最高技術責任者が自社の営業秘密を競合他社に漏洩したとする。この場合、営業秘密法違反の問題と会社法上の忠実義務違反の問題が同時に生じるであろう。現在司法院が計画している知的財産法廷と商業法廷の枠組みに基づけば、知的財産法廷が営業秘密法違反の案件に対し管轄権を有すると同時に、損害賠償額が1億台湾ドルを超える忠実義務違反の案件に対しては商業法廷も管轄権を有すると考えられる。二つの法廷のいずれもが同一の案件に対して管轄権を持つ場合、どの法廷が優先されるのだろうか。
この問題の答えは未だ明らかでない。だが、これは現在司法院が計画している枠組みから生じる可能性のある問題の一つに過ぎない。司法院は近日中に上記の新たな法律の草案及び現行法の改正案を立法院に送り審議させる予定である。この為、正式な法律となる前に、立法院がその内容を吟味・審議する時間は充分あるだろう。