MENU

SAINT ISLAND INTELLECTUAL PROPERTY GROUP

ニュース

ニュース

台湾最高裁に上訴された育成者権侵害事件

    最近、ある育成者権(植物品種権)の侵害事件が、台湾の知財業界の関心を集めている。台湾の知的財産及び商事裁判所は、育成者権に対する侵害の成否を判断する際、裁判所が何を比較すべきかという育成者権侵害事件の核心となる問題について、これまでとは異なる見解を示した。

2020年の「白バラ事件」における比較の原則

    三年前、ある白バラの品種に係る侵害事件で、知的財産及び商事裁判所は、上記の問題に対し、次のような明確な解答を提示していた。3名の裁判官が審理した控訴審の判決:「裁判所は被疑侵害植物の特性と原告の登録品種の特性を比較すべきである。」(知的財産及び商事裁判所109年度民植上字第1号民事判決)

2023年の「宝島甘露事件」における新見解

    一方、2023年4月、ある梨の品種に係る侵害事件の二審判決で、同じ知的財産及び商事裁判所が以前とは異なる比較原則を認めた。この判決によると、育成者権の侵害事件における被疑侵害植物と育成者権者の植物が、同じ環境と条件下で栽培されたものである場合、裁判所は、両方の植物を比較することで原告の品種育成者権が侵害されたかどうかを判断することができる(知的財産及び商事裁判所110年度民植上易字第1号民事判決)。

    この事件の権利者(原告)の劉氏は、70歳を過ぎた独立自営農民であった。新聞報道によると、劉氏は18年をかけて1000回以上の交雑実験を行ってはじめて「宝島甘露」という梨の品種開発を成功させた。この品種は水分が多く、甘味が強く、且つサイズが大きいため、台湾では人気商品となった。なお、標高の高い地域に適する品種であるものの、標高の低い地域の普通の梨の木に接ぎ木をして育てることができるので、栽培者や運送業者にとってかなり便利である。劉氏は、2014年に台湾の農業委員会に対し育成者権の出願をし、40ヶ月をかけて権利を取得した。

 

2014年の出願における「宝島甘露」の写真
出所:台湾農業部のデータベース

    そして、劉氏は、この事件における被告の王氏が彼の許諾なしに「宝島甘露」を栽培・販売したと主張した。

    裁判所は、現場で撮影している状況で、王氏の梨の木から枝を切り取り、それを劉氏の果樹園における梨の木に接ぎ木した上で、開花・結実させた。それにより、裁判所は、同じ環境と条件下で双方当事者の枝から成長した梨が同一の品種に属するかどうかを専門家に鑑定させることを可能にした。全ての過程は、裁判所から指名を受けた台中農業改良場の職員が記録をとっていた他、双方当事者及びその弁護士らの立会いや同意を経て行われたものである。

台中農業改良場による侵害鑑定

    その後、台中農業改良場は裁判所に侵害鑑定報告書を提出し、双方当事者の梨そのもの、花びら、がく、小枝を含む57項目の特性を記録・比較した。そして、両者の梨は全ての特性が同じで、同一の品種に属するとの結論を出した。

    台中農業改良場の侵害鑑定報告書に基づき、裁判所は劉氏の主張を認め、王氏が育成者権を侵害したとした。王氏は控訴を提起したものの、その後棄却された。知的財産及び商事裁判所は、王氏に対し、(王氏が得た利益に基づいて)劉氏に90万台湾ドルの損害賠償金を支払うよう命じたほか、「宝島甘露」を侵害する品種の梨を栽培することを禁止する命令を発した。

侵害鑑定に用いられた方法に関する争い

    訴訟手続きにおいて、王氏は台中農業改良場の侵害鑑定報告書に用いられた比較の方法に対し疑義を呈した。知的財産及び商事裁判所が以前の訴訟事件で示した原則によれば、比較されるべきなのは「宝島甘露」の登録済みの特性であるが、台中農業改良場が用いた方法により劉氏の梨と王氏の梨を比較すると、比較の対象となる劉氏の梨が「宝島甘露」そのものとは限らないという主張であった。

    だが、裁判所は、王氏の上記の主張を認めなかった。先ず、王氏やその弁護士は、サンプル採集、接ぎ木、栽培の過程で何らの異議も唱えていなかった。即ち、王氏らは、劉氏の梨のサンプルの真実性に対しても、双方当事者のサンプルを同時に成長させてから比較する方法に対しても、反対はしていなかった。

    次に、裁判所が台中農業改良場の見解を採用した理由として、この事件に用いられた比較方法が、少なくとも本件においては、以前の事件で用いられた方法よりも合理的であるとした。以前の事件で用いられた方法は、栽培状況や環境の変化がもたらした遺伝子レベルでの特性以外の特性の変異を考慮に入れることができなかったのに対し、同一の条件下で栽培されたサンプルを比較することで、より正確で有意義な分析ができるとした。

    なお、台中農業改良場はさらに下記のポイントを指摘した。劉氏が育成者権の出願をした際に提出した「宝島甘露」のサンプルは、法の要請を満たすために、業務用栄養剤を使わずに栽培されたものであった。しかし、このような栽培方法は、商業的な栽培の慣行に合致していなかった。この事件での侵害鑑定が商業上の紛争を解決するものである以上、登録された特性と比較する方法よりも、植物と植物を比較する方法のほうが適切である。

一致性と安定性に関する争点

    そして、上記の台中農業改良場の侵害鑑定の理由は、‟劉氏が2014年に育成者権の出願をした際に提出した「宝島甘露」のサンプルが、侵害鑑定の際に使用されたサンプルと異なっている”と言っているのと等しいことになる。

    このポイントを抑えていた王氏は、台中農業改良場の侵害鑑定に用いられた比較の方法の妥当性を追及したほか、本来登録された品種の特性と比べれば、劉氏の「宝島甘露」は、育成者権の要件である一致性と安定性が喪失したほど、実質的な改変が生じたと主張した。

    王氏の主張では、例えば、劉氏が「宝島甘露」の育成者権を取得したときに提出したサンプルの平均重量が856グラムであったのに対し、台中農業改良場に提出したサンプルの平均重量は1,300グラム以上であった。また、この二つのサンプルの「がくの保てる時間の長さ」にも違いがあるので、これは、ただ単に栽培の条件を変えても発生できない「質的な違い」である。

    しかし、この点についても裁判所は台中農業改良場の鑑定意見を受け入れ、王氏の主張を否定した。台中農業改良場の専門家が行った肉眼検査で57項目の「宝島甘露」の登録された特性と劉氏の侵害鑑定用のサンプルを比較すれば、11項目のみが「2級」の偏差を示したのに対し、残りの26項目は、一致するか、または「1級」の偏差即ち重要性のない偏差を示した。台中農業改良場の見解を受け入れた裁判所は、栽培状況や環境の変化とこれらの偏差との間に因果関係があるものの、「宝島甘露」が一致性と安定性をなくしたことが証明されていないとした。

    さらに、裁判所は、双方当事者が同時に栽培した2021年春は暖春であったため、劉氏の侵害鑑定用のサンプルが2014年の育成者権の出願時に使用されたサンプルより大きく、がくがより長く保てることを説明できると指摘した。

今後見込まれる最高裁の審理

    三年前の「白バラ事件」の判決は知的財産及び商事裁判所の二審判決であり、台湾最高裁まで上訴されてはいないのに対し、この「宝島甘露事件」は、被告の王氏が既に最高裁に上訴し、現在最高裁に係属中である。そこで、今後、最高裁が「育成者権の侵害鑑定においてなされるべき比較の方法」という論題に見解を示すことが見込まれる。

    それと同時に、下記の問題についても考えなければならない。知的財産及び商事裁判所が「宝島甘露事件」で示した比較の方法と「白バラ事件」の判決で示した比較の方法は異なるように見えるが、両者を調和させる可能性があるかである。

    専利権侵害の存否を検討する際に均等論の適用があるかも考慮に入れられることと同様に、育成者権の保護範囲に入るかどうかを論じる際、合理的な特性の偏差も許容される。そして、台湾の「植物品種及び種苗法」第25条によると、育成者権の範囲は次の従属的品種に及ぶ。

  1. 実質的に育成者権のある品種(実質的に他の品種から派生したものであってはならない)から派生した品種
  2. 他の育成者権のある品種と比べて明らかな区別性を有しない品種
  3. 育成者権のある品種を重複使用してはじめて生産できる品種

    そこで、育成者権の侵害訴訟で、権利者のサンプルを栽培する目的は、「特定の栽培環境における特性の偏差の合理的範囲」を確定するための必要な手続きと理解してもよいかもしれない。この前提に立てば、「宝島甘露事件」の二審判決に示された「植物と植物の比較」という侵害鑑定の際に使われた方法が、ただ単に「植物と植物の比較」をするのではなく、被告の植物を以て「特定の栽培環境における特性の偏差の合理的範囲」と比較すると理解できるのであろう。勿論のこと、この論点の成立の前提は、原告が比較のために提供したサンプルがいずれの当事者も認めた真実のサンプルでなければならないということである。

Back