一般的に、台湾の裁判所は先進国の法理論、とりわけ科学技術に関する法理論を受け入れやすいという印象を持たれる。台湾の裁判所が米国法上の「モザイク理論」を受容したことは、最近の一例として挙げられる。
モザイク理論は、2010年に合衆国最高裁判所がUnited States v. Jones事件(当事件の下級審の裁判所は、D.C.巡回区控訴裁判所である)の判決で容認した、刑事事件における捜索の合法性に関する法理論である。当理論は、捜索と見なされない諸般の事情の総合が、蓄積と後続の分析で知られざる事実を表すモザイク図を形成することにより、捜索同然になるかどうかを判断するためのものであるので、合衆国憲法修正第4条に対する新たな解釈を加えることとなる。
最初にモザイク理論が台湾に導入されたのは、台湾高等裁判所の104年度上易字352号判決(2015年6月)である。これまでモザイク理論の採用は、少なくとも9件の事件で検討され、それらの事件はいずれもUnited States v. Jones事件のようにGPS追跡の乱用に起因していた。しかし、台湾に導入された当時から、モザイク理論に台湾現地に適応する変化が見られた。具体的に言えば、上記の9件の事件のうち、当局が行った捜索に係ったものは1件のみである。上記の台湾高等裁判所の判決に係った事件を含め、他の事件はいずれも被告が個人であり、被告のうち、何人かが探偵、若しくは探偵のクライアントであった。また、この9件において焦点となったのは、警察、検察が適正な手続きを踏まずに捜索を行ったかどうかということではなく、被害者のプライバシーが侵害されたことで刑事責任又は損害賠償責任が生じたかということである。簡単に言えば、台湾では、モザイク理論は基本的に、米国のように個人が当局の違法な捜索を受けたかどうかを分析する理論ではなく、GPS追跡に起因したプライバシー侵害により生じた刑事責任を問う際に用いられる理論となっている。
実際に、GPS追跡を行った者の刑事責任を追及しようとする場合、モザイク理論は重要な役割を果たしている。何故なら、台湾では、専ら追跡行為に対処するための法律が存在していないため、追跡行為を行った者の法的責任を追及しようとする場合、台湾の刑法、とりわけその第315条の1を適用する必要がある。しかし、モザイク理論を用いずに刑法第315条の1の要件を満たせない場合がよくある。刑法第315条の1の第1号によると、正当な理由なしに工具又は設備を利用し、他人の非公開の活動、言論、談話、身体のプライベートな部位を窃視、盗聴した場合、3年以下の有期懲役、拘留、又は90万台湾ドル以下の罰金に処するが、知られざる事実を表すモザイク像のような効果がなければ、通常、直ちにGPS追跡で得た位置データが追跡対象の非公開の活動を暴露するとは言えない。
一方、この数年の台湾の裁判実務におけるモザイク理論の持続的な発展は最近ついに後退の兆しを示した。というのは、台湾の最高裁判所は、その刑事判決(108年台上字第1750号)で、「非公開の活動」の要件を厳格化することにより、モザイク理論を適用する余地を狭めたためである。
簡単に言うと、この事件は家庭不和に起因した。夫が雇っていた調査員は、妻の車にGPS追跡装置を設置し、車の位置データを受信した。それに伴い、レストランとホテル等の場所で執拗な尾行と証拠撮影も行われていた。しかし、夫が決定的な証拠を掴む前に、妻は夫の企てに気付いた。結局、妻は刑法第315条の1の第1項に基づいて夫とその協力者たちを被告として刑事告訴を提起し、二審裁判まで勝ち続けていた。
台湾の高等裁判所による二審判決は、モザイク理論がどのように台湾における私人間紛争に適用されるように変容したかを示す好例である。これに関し、裁判所は下記のとおり詳しく論じた。
「・・・この条文は、『場所』を構成要件としていないため、公共空間で行われたプライベートへの侵害・迷惑行為を処罰の対象から除外できない。そのため、車両が公道を走行した経路や、その際に発生した運転手と乗客の活動と行いにつき、プライバシーが保護されることへの期待を放棄した場合(例えば、路線バス又はタクシーの車体に運転手の氏名が表示されること、警備業の従業員が会社所有の追跡装置が設置された車両を運転して業務を執行すること)を除き、通常、道路を往来する車両に紛れ込むことを期待し、自分の行方を周知されたくないと思われる。もし車両を運転する者が、公衆が往来する道路を走行し、特別な方式で他人の注意を引き寄せることもなく、有名人でも公益上の理由によりその行方を周知される必要のある人物でないのであれば、自分の行方を周知されたくない主観的な意思があり、且つ車体又はヘルメットで外界から隔離されたと認めるべきである。
・・・GPS追跡装置で長期間にわたり、連日連夜、絶え間なく他人の車両を追跡し、その走行経路と停車地点を記録すれば、長期的に漏れなく他人の行方を把握することができる。この類の取るに足りないほどの些細で微小に見える活動の情報にもかかわらず、このような『網羅的な監視』で大量に位置データを収集・比較することによっては、個別活動の蓄積と集合は内的関係性を生み出し、この方式で取得したデータに広い視角・眺めを生じさせ、人に知られざる私生活の様子の暴露を強いられることとなる。端的に言えば、長期にわたる車両の走行経路に対する大量の比較、整合により、車両を運転する者の慣用の路線、走行スピード、停車地点、滞在時間などの活動を漏れなく観察することができる上、車両を使用する者の日常タイムスケジュール、生活の細部、行動モデルを探知することもできる。このように技術的装置で長期的、且つ集中的に他人を監視してデータを記録する行為につき、形式的に、その他人の身体が一人きりの状態にあるものの、プライバシーが保たれる心理上の一人きりの状態がもはや完全に破壊されたため、その行為は、その他人がプライバシーを保ちたい非公開の活動を侵害するものにほかならない。
・・・そして、これは米国の裁判所が近年、類似の事件に採用している『モザイク理論(mosaic theory)』である。即ち、モザイクパズルのように、一見取るに足りないほどの些細で微小に見える図案であるが、組み立てると広くて全面的な図像を呈するようになる。些細なデータに対して、個人はプライバシーが侵害されたことを主観的に感じないかもしれないが、大量のデータの蓄積はやはり個人のプライバシー権に対する深刻な危害を及ぼすことができる。このため、車両の利用者は、その車両の走行経路に対する長時間の、且つ集中的な収集、記録がなされないことに対するプライバシーの合理的期待を有すると認めなければならない。」
高等裁判所はこのように長期的なGPS追跡装置による監視によるプライバシーに対する危害を強調していたものの、最高裁判所は高等裁判所の判決を破棄し、事件を高等裁判所に差し戻した。最高裁判所の判決理由によると、
「・・・『非公開の活動』とは、活動を行う者が密かにその活動を行い、公開されたくないという主観的な期待・願望(即ち秘密性に対する主観的期待)があり、且つ客観的に既に相応の環境を利用し、又は適宜な設備を採用し、その活動の秘密性を保つに足りる場合を指す(例えば、住宅・公衆便所・カラオケボックス・ホテルの部屋・キャンプ用のテントの中における、着替え・用足し・歌唱・交渉・睡眠等の公開されたくない活動を行う場合はこれに属する)。
・・・附表における『撮影した活動の内容』の欄には、林○○が撮影設備を備えて撮影した、告訴人の呉○○が部屋の中や、○○有限公司の中、又はタクシーの中で行った『非公開の活動』云々が大まかに記載されているのみで、上記の『非公開の活動』の具体的な内容が記載されておらず、中身がないという嫌いがある。
・・・これは私法上のプライバシー権に対する保護の範囲を説明するものに過ぎず、・・・3人の上告人が盗撮したものが、呉○○が行った前述の主観的/客観的要件に合致する「非公開の活動」に該当する根拠とはならない。」
最高裁判所は、モザイク理論自体を否定していないものの、モザイク理論が今後刑事事件に適用される展望に影を落とした。そもそも、位置データを把握した上で撮った写真すら「非公開の活動」を表したと認められなければ、位置データ自体の蓄積は一体どのようにプライバシーを暴露した結果となれるのであろうか。また、最高裁判所が「非公開の活動」の具体的な内容を説明する必要性を強調したこともモザイク理論の適用を困難にしている。モザイク像が表した事実どれほど明確で詳細になる必要があるか、追跡される者の行動モデル又は生活様式が描かれる程度で足りるのであろうか、明確な基準が出るまでかなりの時間を要するようである。