台湾専利法では、許可証を取得しなければならない医薬品と農薬の特許権にかかる、特許存続期間の延長につき、同法第56条にて、「専利主務官庁が特許存続期間の延長を認める範囲は、許可証に記載の有効成分及び用途で限定される範囲のみに限られる」と規定されている。
存続期間延長にて保護される範囲が、有効成分が同じであり、用途も関連している原薬にまで及ぶかにつき、知的財産及び商事裁判所(以下、『知財商裁』。)が2023年12月29日に下した判決(111年度民專訴字第60号判決)を通して、専利法における当該規定に対する見解を見ていきたい。この裁判の原告は、新薬の特許権者であり、被告は、原薬の貿易商社である。
係争特許は、分割出願によるものであり、その出願日は、親出願の出願日(2002年9月10日)である。この分割出願は審査を経て特許を受け、特許権存続期間は2010年2月1日の公告日を開始日とし、特許出願の日から起算して20年をもって終了している(即ち、終了日は2022年9月9日)。また、係争特許が査定を受けた権利範囲には、化合物請求項・当該特定化合物を含有する医薬組成物の請求項・当該特定化合物を血栓塞栓症治療薬の製造に用いる用途請求項、が含まれている。
特許権者は係争特許を取得した後、「衛部薬輸字第026133号」の許可証(以下、『新薬許可証』)を得て、2014年10月28日に該許可証を1回目の許可証として、知的財産局に係争特許の存続期間延長を申請した。審査を経て、係争特許は存続期間延長登録査定書を受け、1352日の延長登録(延長期間は2022年9月10日から2026年5月23日)が認められている。登録査定書に記載された、延長が認められた範囲は、次のとおりである。
「成人非弁膜症性心房細動症患者で、次の少なくとも1つの危険因子により、脳卒中または一過性脳虚血発作を起こした者に用いるための有効成分アピキサバン(Apixaban)。(1)以前に脳卒中または一過性脳虚血発作を起こしたことがある。(2)年齢が75歳以上である。(3)高血圧である。(4)糖尿病である。(5)症状のある心不全を患っている(NYHA クラスⅡ以上)。」
一方、原薬貿易商社である被告は、原薬であるアピキサバン(以下、『係争原薬』)について、衛生福利部食品薬物管理署による、登録種別を「原薬」とする薬品輸入許可証を取得していた(衛部薬輸字第028133号・同028253号。以下、『原薬許可証』)。そして、当該原薬許可証に記載された適応症は共に「抗血栓剤」であった。
このため、原告である特許権者は、被告が輸入・販売する係争原薬は、少なくとも係争特許の化合物に関する請求項の構成要件に該当するため、文言侵害であると主張し、係争特許の存続延長期間において、原薬貿易商社に対し、特許権侵害訴訟を提起した。
本裁判の争点は、特許権延長期間により保護される範囲が新薬許可証に記載された活性成分と用途のみに限られるのか、或いは有効成分が同じであり、用途も関連している原薬にも及ぶのかという点にある。つまり、特許権延長期間の保護範囲に、原薬は含まれるのかという点である。
この争点につき、知財商裁は次の見解を示した。
専利法第56条によれば、係争特許存続期間の延長が認められた範囲の技術的構成要件(特徴)は、存続期間延長登録査定書に延長される範囲として記載されたものである。よって、文言比較を行うときは、この延長範囲に基づき認定することになる。すなわち延長される有効成分(要件A)と用途(要件B)の2点により判断する。
要件A:有効成分アピキサバン(Apixaban)
要件B:成人非弁膜症性心房細動症患者で、次の少なくとも1つの危険因子により、脳卒中または一過性脳虚血発作を起こした者に用いる。(1)以前に脳卒中または一過性脳虚血発作を起こしたことがある。(2)年齢が75歳以上である。(3)高血圧である。(4)糖尿病である。(5)症状のある心不全を患っている(NYHA クラスⅡ以上)。
有効成分の要件Aについては、被告の許可証における英語の品名がApixabanであり、原薬の有効成分は要件Aに該当することことから、この点については異論はないものとする。
用途の要件Bについては、被告の許可証の適応症は「抗血栓剤」であり、薬品分類は「原薬(製剤原料)」となっている。
原薬許可証の登録審査に必要な関連資料を調べたところ、原薬は「製剤」ではなく、「製剤」を製造するための薬品の原料に過ぎず、治療上の用途を含んでいないほか、原薬の登録に係る審査には、適応症の有効性や安全性を裏付ける関連した臨床試験報告書を添付する必要もない。そして、当業者であれば、被告の原薬許可証に示された適応症は、単に、係争原薬の「薬理分類」でしかなく、また、臨床治療の適応症に応用するものではなく、薬品製剤の許可証に記載された人体臨床試験報告書により安全性と有効性が裏付けられた適応症に相当するものとすべきではないことを理解し得る。よって、係争原薬は要件Bに該当するものではない。
また、原薬は、製薬工場で薬品登録審査のための関連試験又は薬品製剤の有効成分とするために提供されるものであり、薬品製剤(完成品・製剤)の製造を目的とするものではない。被告は原薬貿易商社であり、台湾の製薬業において上流に位置する企業であり、主な商品・サービスは、医薬品原料の輸入販売、各大手国際原薬メーカー製品の代理、及び台湾製薬企業の新原料探索の協力であり、薬品(製剤)許可証を取得して承認市販薬を製造する能力を備えているわけではない。
更に、専利法第56条は、延長の範囲は、用途で限定される範囲であることを明文規定している。そして、治療の用途とされていない原薬(上流産業)に対し、その登録に係る審査では、原薬の物理化学特性及び合成方法工程のみに重きが置かれ、治療上の安全性及び有効性が考慮されているわけではないため、当然ながら係争特許の許可された延長範囲に含まれるとは認められず、原薬許可証に記載の薬理分類(抗血栓剤)を、新薬許可証の適応症に相当するものと見なすべきではない。
原告は、「延長の範囲は原薬か製剤かに限定されているわけでない」と述べ、係争原薬の輸入目的は、その原薬許可証に記載された「抗血栓剤」に用いることにあると主張したが、知財商裁は原薬許可証に記載された適応症が、人体に対し安全性と治療効果を備えることを臨床試験にて裏付けられたものではないことから、人体の治療に直接用いることはできないものであるとし、被告の原薬許可証に記載された適応症は、単なる「薬理分類」に過ぎず、臨床治療に用いられる適応症とは見なされない、との見解を再度示した。また、係争特許はすでに、特許出願の日から20年をもって満了しており、係争特許の延長期間にて保護される特許権の範囲は、許可証に記載された有効成分及び用途の以外の特許請求の範囲に記載された抗血栓用途に関する範囲までを含むべきではなく、係争原薬は当然ながら係争特許の特許権延長範囲に含まれるものではないとした。
これに対し、原告は「薬の許可証は、特許が確かに許可証申請により実施できなかったということを示しているに過ぎず、延長の効力が新薬と同等の位置づけにある製剤にのみ及ぶことを意味するものではない」と抗弁したが、知財商裁は、「専利法第56条は、延長期間の特許権の保護範囲を明文化している。物の発明は、特許の存続期間延長を申請・登録した許可証に記載された有効成分及び用途に限られ、用途の発明はその許可証に記載された有効成分の許可された用途に限られ、方法の発明はその許可証に記載された用途のための有効成分を製造する方法に限られる。よって、原告は第56条の立法意図、その文言につき明らかに誤解している」との見解を示した。
上述の内容から、裁判所は「原薬」の許可証と、「製剤」の許可証を、異なるものと判断しており、すなわち原薬は、製剤をつくる薬品の原料で、治療の用途とされいないものであるとし、両者を区別していることが分かる。たとえ原薬の許可証に適応症が記載されていたとしても、それは「薬理分類」に過ぎず、臨床治療に用いる適応症ではないということである。また、裁判所は特許権の延長期間の保護範囲について、特許の存続期間延長を申請・登録した許可証で許可されている成分と用途に限られるとしている。この第一審判決に対して、控訴後も同じ見解が示されるのかどうか、今後の動向に注目したい。