諸外国の立法の趨勢に合わせるために、台湾の経済部は、知的財産権に係る最も重要な法律、即ち専利法、商標法、及び著作権法の改正草案を提出した。これらの改正草案は、今年の第一四半期に台湾の行政院(内閣)に可決されたあと、立法院に送られ審議される予定である。本文では、下記のとおりこの三つの改正草案のポイントを紹介する。
一、専利法の改正草案-医薬品パテントリンケージ制度を補完する仕組み
台湾のパテントリンケージ制度は2019年8月20日から実施されている(この制度の詳細について、弊所の記事をご参照ください)。
台湾の医薬品パテントリンケージ制度は、主に「薬事法」第48条の3から第48条の22に規定されている。これらの規定によると、先発医薬品(中国語名:新薬)の特許権者(又は専用実施権者)が下記の条件を満たした場合、薬事の主務官庁(衛生福利部食品薬物管理署)が12ヶ月以内にジェネリック医薬品(中国語名:学名薬)の許可証の発行を停止しなければならない。
- その先発医薬品の特許情報が既に法律により食品薬物管理署のプラットフォームに登録されたこと
- ジェネリック医薬品の許可証の申請者が既に食品薬物管理署に対し「当該先発医薬品に係る特許権は取り消されるべきであり、又は、そのジェネリック医薬品に侵害されていない」との表明をした場合、先発医薬品の特許権者がジェネリック医薬品の許可証の申請者から表明の理由と証拠に関する通知を受けてから45日以内に訴訟を提起すること
一方、先発医薬品の特許権者が上記の訴訟でどのような(そしてどの範囲の)救済を求められるかについては、専利法に規定されるべき事項であるので、薬事法に明文規定はない。また、先発医薬品の特許権者が45日以内に訴訟を提起しなくても、今後(例えばジェネリック医薬品が市場に出回った後)訴訟を提起してジェネリック医薬品のメーカーに不意打ちをかける可能性がある。この場合、ジェネリック医薬品の許可証の申請者が対抗策をとる権利があるのかについても、薬事法に明文規定はない。
今回の専利法の改正で新設された第60条の1が上記の残された疑問点を解決してくれた。そのポイントは下記のとおりである。
- ジェネリック医薬品の許可証の申請者が「当該先発医薬品に係る特許権は取り消されるべきであり、又は、そのジェネリック医薬品に侵害されていない」との表明をした場合、特許権者が表明に関する通知を受けてから専利法第96条第1項の規定により侵害の除去又は防止を請求することができる(新設の第60条の1第1項)。
- 改正理由によると、先発医薬品の特許権者が登録できる範囲は、物質、組成物、配合若しくは医薬用途に関する特許のみであり、その医薬品の製造方法を含まないとされているが、医薬品の製造方法も特許権の保護対象となる可能性があるので、ジェネリック医薬品で起きた特許権侵害事件は、登録済みの特許のみならず、未登録の特許に係る可能性もある。そこで、ジェネリック医薬品が市場に出回る前に紛争を一度に解決するために、先発医薬品の特許権者は、同時に薬事法により登録済みの特許及び未登録の特許に基づいて訴訟を提起できないわけではないとされている。
- 一方、先発医薬品の特許権者がジェネリック医薬品の許可証の申請者から前記の通知を受けてから45日以内にその申請者に対し訴訟を提起しない場合、その申請者は、許可証の申請に係る医薬品がその特許権を侵害するかどうかについて確認訴訟を提起することができる(新設の第60条の1第2項)。
- また、改正理由によると、単一の先発医薬品の許可証のもとで複数の特許が登録されたものの、先発医薬品の特許権者が登録済みの特許の一部のみに基づいて特許権侵害訴訟を提起した場合、非侵害になるかどうかを確認するために、既に登録済みであるものの特許権者がそれに基づいて起訴していない特許、及び未登録の他の特許に対しても、ジェネリック医薬品の許可証の申請者は同時に確認訴訟を提起することができる。
事実、今回の法改正の前に、台湾の知的財産及び商事裁判所が既にその2020年末に下した民事判決(109年民専訴字第46号)でこの新設の第60条の1第1項の内容を認めた。当判決によると、「ジェネリック医薬品のメーカーがジェネリック医薬品の許可証を申請する段階にあり、特許権侵害の事情が未だに発生していないが、特許権が侵害される可能性があるため、事前にそれを防止する必要があり、特許権者若しくは専用実施権者が特許権が侵害されるおそれがあると考える場合、勿論のこと、専利法第96条第1項の後段の規定を請求権の基礎として訴訟を提起することができるものであり、専利法第60条の1の改正草案を理由としてはじめて起訴の根拠を得られるわけではない」。
二、商標法の改正草案-商標・ラベルを模倣する行為等の取締りの強化
台湾のCPTPP加盟に対応すべく、商標法は下記のとおり改正される予定である。
(一) 商標を付したラベルを模倣する侵害行為の民事責任の主観的要件を改正する
侵害者が商標を付したラベルを模倣する侵害行為を明らかに知ることを必要とする主観的要件を商標法から削除する。換言すれば、上記の、侵害者が商標を付したラベルを模倣する侵害行為は、一般の民事上の不法行為責任と同じく、故意と過失を主観的要件とされるようになる。(改正後の第70条)
(二) 商標又は団体商標を付したラベルを模倣する行為の刑事罰を新設する
「同一の、又は識別できない」商標を付したラベルを作り、他人の登録商標と同一の商品又は役務に用いる商業的規模ある模倣行為について刑事罰を新設する。また、インターネットを通じての販売・取引が盛んに行なわれる現状に鑑み、その行為が電子媒体又はインターネットの方式を通して行なわれる場合でも同じであると明文規定する。(改正後の第95条)
(三) 証明標章を付したラベルを模倣する行為の刑事罰を改正する
現行の条文における証明標章を付したラベルを模倣する行為等に対する刑事罰の規定は、その主観的要件が「行為者があきらかに知る」場合に限る。改正草案は、「あきらかに知る」という主観的要件を削除する上、証明標章を付したラベル又は包装を模倣するものの輸入行為を禁止する規定をも新設する。また、インターネットを通じての販売、取引が盛んに行なわれる現状に鑑み、その行為が電子媒体又はインターネットの方式を通して行なわれる場合でも同じであると明文規定する。(改正後の第96条)
(四) 他人が作製した侵害品を販売し、又はその販売を意図する行為に対する刑事罰の主観的要件を改正する
現行の条文における、他人が作製した侵害品を販売し、又はその販売を意図する行為に対する刑事罰の規定では、その主観的要件が「行為者があきらかに知る」場合に限られるが、今回の改正はこれを削除する。(改正後の第97条)
三、著作権の改正草案―追加された非親告罪、デジタル方式による著作権侵害の取締りの強化
台湾の著作権法によると、故意により著作権を侵害した場合、刑事責任を負うこととなる。しかし、海賊版CDに関わる場合を除き、その著作権侵害の罪は親告罪とされている。親告罪の場合、被害者その他告訴権を有する者による告訴を経なければ、捜査の開始、起訴、処罰ができない。なお、親告罪の場合、第一審の口頭弁論が終了するまで告訴人は告訴を取り下げることができる。そこで、非親告罪の場合と比べれば、親告罪の場合には刑事訴訟手続きの開始や終了について著作権者が主導権を握ると言えよう。
しかし、デジタル方式による侵害行為の取締りを強化するために、著作権法の改正草案では、下記の条件を満たす行為が非親告罪とされている。
(一) 有償に提供された著作物の全部を完全に利用すること。
(二) 著作財産権者に100万台湾ドル以上の損害を蒙らせること。
(三) 下記の著作権法上の3種類の犯罪のいずれかが成立したこと。
- 販売又は貸与を意図し、無断で複製の方法を以て他人の著作財産権を侵害した犯罪(第91条第2項)。但し、その複製物はデジタルフォーマットのものでなければならない。
- 著作財産権を侵害した複製物であることを知っているにもかかわらず、散布し又は散布を意図し、而して公開陳列し又は所持した犯罪(第91条の1第2項)。但し、その複製物はデジタルフォーマットのものでなければならない。
- 無断で公開伝送の方法により他人の著作財産権を侵害した場合
上記の条件を満たさない著作権侵害行為は親告罪とされる。
また、現行の著作権法における、海賊版CDに関わる侵害行為の罰則が削除されようとするという点も注意に値する。その理由として、インターネット技術の発展につれ、CDはデジタル著作物の主要な記録媒体でなくなったので、海賊版CDを専ら対象とする規定を存続させる必要もなくなった。事実、改正草案に明記された3種類の非親告罪の最初の2種類は、その予定される主な取締対象がインターネット上の侵害行為(例えば違法ダウンロード)であるにもかかわらず、海賊版CDに関わる侵害行為を包摂することもできる。
そして、大まかに申し上げると、インターネット上の著作権侵害行為は、損害額が100万台湾ドルに達するという条件を満たせば、非親告罪となる。しかし、告訴時に著作権者が自分が一体どれほどの損害を蒙ったかを知らないことは一般的である。それどころか、著作権人が損害額を証明できる証拠を取得するには、通常捜査手続き(例えば捜索、差押)に頼らなければならない。そこで、侵害行為が非親告罪か親告罪か、告訴人が告訴を取り下げて刑事責任の追及を終了させることができるかは、各々の捜査と訴訟手続きにおいて変化する可能性がある。そして、その変化は、著作財産権者(通常は告訴人)の立証の能力や意思によるところが大きい。今後の実務上、このような問題点はどのように対応されるかは注意を要する。