台湾では、先発医薬品(以下、新薬と称す)保護のために、パテントリンケージシステムを導入している。パテントリンケージ登載システムに搭載された医薬用途発明による新薬特許の特許権者が、後発医薬品に対し、特許侵害訴訟を提起した場合、後発医薬品の許可証に記載された適応症が、侵害の有無における重要な判断材料となる。特許侵害訴訟において、新薬の用途発明と後発医薬品の適応症の関係は如何に認定するのであろうか。後発医薬品の許可証に記載された適応症において、新薬特許の請求項に定義された医薬用途が明確に除外されている場合、当該後発医薬品は特許侵害ではないと認められるのであろうか。以下、2021年10月に下された一審での判決から、医薬用途発明と適応症の関係性についての知的財産及び商業裁判所(以下、裁判所)の見解を垣間見ることができる。
この裁判にて、特許権が侵害されているとする新薬は、高脂血症(hyperlipoproteinemia)治療薬として有名な、クレストールという新薬である。当該新薬に関する特許は、「ヘテロ型家族性高コレステロール血症の治療に使用するための医薬組成物」という発明名称にて、特許TWI238720(日本対応出願JP2010031047A)として台湾のパテントリンケージ搭載システムに登録されていた。同特許の請求項には、「ヘテロ型家族性高コレステロール血症の患者の治療に使用するための薬剤」、「ヘテロ型家族性高コレステロール血症の患者のLDL-C低下、HDL-C上昇、ApoB低下、ApoA-Ⅰ上昇に使用するための薬剤」という2組の請求項があり、どちらも有効成分からなるものである。
この特許新薬と後発医薬品(以下、被告医薬品)の有効成分が同じであったことから、用途発明特許と適応症の関係性が、特許侵害の判断における主な争点となった。被告医薬品の許可証申請(承認申請)において、申請当初に記載されていた適応症は、「原発性高コレステロール血症の食事療法の補助として、原発性高コレステロール血症の患者(ヘテロ型家族性高コレステロール血症を除く)または、混合型脂質異常症の患者の上昇した総コレストロール・LDL-C・ApoB・non-HDL-C・トリグリセリドの低下、及びHDL-Cの増加に使用」であったが、申請の審査過程における修正により、一部削除され、最終的には「原発性高コレステロール血症 (ヘテロ型家族性高コレステロール血症を除く)」に簡略化された。
裁判所は、新薬に係る特許請求項における医薬組成物は、医療用途により限定された医薬組成物であるとし、同請求項における、「ヘテロ型家族性高コレステロール血症」の文言は請求項の限定として有効であり、当該特許の特許請求範囲として考慮されるべきであると認定した。よって、被告医薬品の説明書における、ヘテロ型家族性高コレステロール血症の明確な排除により、被告医薬品が、文字通りに、新薬の用途発明を侵害していない、と認定され得るか否かが問題となった。
この点を明瞭にすべく、裁判所は次の議論を行った。まず、新薬の特許明細書の記載に基づくと、高コレステロール血症は、下図のように分類することができ、当該特許が対象としているのは、ヘテロ型家族性高コレステロール血症のみであることがわかる。

次に、裁判所は、被告医薬品の適応症が、当該特許の請求項の用途限定に該当するか否かは、適応症に依るとの見解を示した。そして、その適応症は、被告医薬品の許可証や添付文書のみにより決定されるべきではなく、被告医薬品が参考とした臨床試験から得られた臨床結果や治療効果に基づいて決定されるべきものであるとした。裁判所は、添付文書に記載された適応症は、臨床医や薬剤師が医薬品を使用する際の指針として重要な参考資料であるものの、特許侵害訴訟中に、適応症が修正されたことを考慮し、被告医薬品の適応症は、同医薬品が実施した臨床試験の臨床結果及び治療効果により裏付けられるものでなければならず、医療実務において合理的なものであるべきであるとの見解を示した。
裁判所は、医療実務における合理性の点から、専門家の証言を得た結果、医療現場では、原発性高コレステロール血症の患者の治療に際し、ヘテロ型家族性高コレステロール血症であるか否かを区別していないこと、そして遺伝子検査をしたとしても、患者がヘテロ型家族性高コレステロール血症であるか否かを完全に特定することはできず、被告医薬品にかかる「原発性高コレステロール血症の患者(ヘテロ型家族性高コレステロール血症を除く)」との表記は、実際の医療現場にて適用することは困難であり、合理的ではないと指摘した。
裁判所は、さらに、被告医薬品に係る臨床試験の統計解析によれば、同医薬品は、非家族性原発性高コレステロール血症とヘテロ型コレステロール血症に対しても治療効果を示していることがわかり、上記の患者の区別は、被告医薬品の臨床試験に裏付けられていないとの認識を示し、このことから、被告医薬品の修正後の添付文書(説明書)における適応症「原発性高コレステロール血症の患者(ヘテロ型家族性高コレステロール血症を除く)」との表示は、被告が、新薬特許の字面上での文言を意図的に回避しようとしたものにほかならないとの見解を示した。よって、裁判所は、被告医薬品は、新薬の特許請求の範囲の技術的範囲に属し、文言侵害であるとの判断を下した。
同裁判は、現在も第二審にて上訴中である。この例から、医薬用途発明による新薬特許に対する後発医薬品の特許侵害に係る裁判では、単に医薬品の添付書類に記載された適応症の文言からだけではなく、実質的な治療効果や医療実務における合理性にも基づいた判断がなされていることがわかり、留意する必要がある。