近年、コンピューターのハードウェアとソフトウェアに係る技術の進展は人工知能の新たな発展を促している。この発展は、人工知能が数多の分野に活用されることを促進するのみならず、人工知能に係る特許出願数の顕著な成長をもたらしている。本文では、特許(台湾では実用新案及び意匠を含めて専利と総称される)に係る現行法令と実務により、人工知能に係る特許発明が台湾専利法における「発明」の定義に合致するのかどうかの判断の概要を紹介する。
特許出願した発明を発明の定義に合致させようとすれば、その発明に「技術性」を持たせなければならない。即ち、その発明は「自然法則を利用した技術的思想」の創作でなければならない(専利法第21条)。ここで注意しておくべきは、台湾の「専利審査基準」により、「数学的方法」自身は自然法則を利用したものでないことが明文化されているということである。また、コンピューターのソフトウェアに係る発明について、「専利審査基準」によると、この類の発明は、コンピューターの従来の性能を以て人工的な操作に代替するものだけであってはならず、技術上の課題を克服してその技術分野における一定の効能を生じさせた場合、始めて技術性があると認定されるとされている。
ここでは人工知能の分野における人工神経回路(Artificial Neural Network)の技術を例とする。人工神経回路の本質は、数学的方法を通して生物の中枢神経系(とりわけ大脳)の動きをシミュレーションすることで、コンピューターに「人間の大脳に類似する」方式で学習、推論、判断、決定をさせることにある。即ち、本質的には、人工神経回路はある種の数学モデルであり、且つその主な応用上の効能の多くは、人間の知的活動を代替することにある。
従って、人工神経回路に関して、台湾の特許出願の実務では、人工神経回路が自然法則を利用しない数学的方法であり、且つ人工神経回路の実行が既に人工的な操作を代替するコンピューターの従来の性能となっているため、「人工神経回路」自体であれ、「人工神経回路を実行するコンピューター」であれ、何れも特許出願した発明に技術性をもたらすことができない、という発明の定義に関する問題が生じた。
上記の状況では、特許出願された発明がどの分野に人工神経回路を応用するか、どのような技術的効能に結びつくか、及び技術的効能を持たせることができるかは、発明の全体に技術性があるかどうかを判断する際の重要なポイントとなる。これについて、人工知能に係る特許に技術性があるかどうかをより具体的に判断できるようにするために、下図に示された流れをご覧いただきたい。

この判断の流れの出所は、経済部知的財産局(台湾特許庁)の李清祺副グループ長の2019年12月4日のプレゼン資料である(注1)。台湾の現行の審査実務では、請求項が同時に「抽象的概念」と「技術的要素」を含んでいる場合、審査官はこの流れを用いて発明の全体に技術的思想があるかどうかを判断することとなる。補足説明であるが、前記の「抽象的概念」とは、自然法則を利用しない数学的方法、ビジネスモデル、プログラム、人為的な取決め等を指し、「技術的要素」は請求項から抽象的概念を除いた後に残った要素を意味する。
上記の判断の流れについて、ステップ1では、発明の全体が技術的要素より生じた技術的情報に係り、且つ、各技術的要素の間の協働により生じた交互作用が存在するかどうかを判断することとなる。ここで注意しておくべきは、「技術的情報」がセンシング要素より生じた物理的、化学的、生物的、又は電気的な情報であり、本質的に技術上の特性があるものであるのに対し、歴史的な記録、若しくは人為的な入力、加工により生じたビジネス上の情報であれば、技術上の特性を有さない「非技術的情報」と見なされやすいということである。
次に、ステップ2では、相対的にマクロな視点で発明の全体が技術的な問題を解決し、技術分野の関連効能を生じさせたかどうかを判断することとなる。例えば、もし発明の全体は、人工神経回路を利用して予測を行うことのみを記述するのであれば、その技術的目的を表すことができないが、発明の全体はさらに他の技術的要素がどのように人工神経回路を利用して結果を予測して技術的な問題を解決するかを記述するのであれば、特定の技術的目的に即する技術的応用と認定される確率が高くなる。
最後に、ステップ3では、相対的にミクロな視点で発明の全体が実質的な技術手段を開示したかどうかを判断することとなる。例えば、発明の全体は一般的なコンピューターを利用して人工神経回路を実行するのみで、ハードウェア又はソフトウェアの特殊性を表していないのであれば、コンピューターへの簡単な利用と認定されやすいが、発明の全体がある技術分野における、技術的効能を備える特定の技術手段を含むのであれば、特定の技術を具現できると認定される確率が高くなる。
知的財産裁判所の統計資料(注2)によると、2018年に拒絶理由通知を受けた517件の人工知能に係る出願のうち、発明の定義に合致しないと認定された出願は27件ある。統計の結果では、拒絶理由通知を受けた出願の比率は高くないが、実務上の経験から言えば、出願が本質的に技術的な問題を解決するためのものでない場合(例えばマーケティング効果を向上させるためのみの場合)、「発明の定義に合致しない」という拒絶理由を受ければ、それを克服することがかなり困難である。人工知能に係る出願件数の増加に伴い、知的財産局は「発明の定義に合致するか」に関する判断を益々重視するようになる。そこで、人工知能に関する特許、ひいては人工知能以外のソフトウェアに関連する特許につき、出願を行う前に、本文で示された判断基準で、発明の定義を満たすかどうかをより慎重に評価しておかなければならない。
そして、世界各国の人工知能に関する特許出願の審査実務について、欧州特許庁(EPO)は、2018年に人工知能及び機械学習に関する審査ガイドラインを公表した。当ガイドラインによると、人工知能を利用すること自体は技術性を付与できないが、人工知能を利用して技術的目的に対し技術的貢献を与えるのであれば、技術的特徴を有すると認められる。また、米国特許商標庁(USPTO)は2019年1月に、米国特許法101条の特許適格性 に関する新たな審査ガイダンスを公表し、当審査ガイダンスに「実用的な応用(practical application)に統合することができるかどうか」という判断ステップを新設した。さらに、中国の国家知識産権局が2019年12月に新設した、特許審査指南における人工知能に係る特許の出願審査に関する規定は、技術的な問題を解決しないもの、技術手段を利用しないもの、又は技術的な効果を得ないものは、技術的解決法(中国語:技術方案)でないため、特許の保護対象とならないと明文規定している。
上記の内容を総合すると、台湾であれ、米国、欧州、中国であれ、その国々の審査実務の進展から、技術性の有無の判断が、その発明が「実質的な技術的貢献」を与えられるかどうかによることが読み取れる。従って、技術レベルの向上に伴い、「人工知能を利用する」ことだけでは技術性を表すことができなくなる。一方、技術性の有無に関して、今後台湾を含む各国の特許当局がより一致するような判断を行うかどうかは、引き続き留意を要する。
※注釈
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2019年12月4日、李清祺氏、プレゼンテーマ:「台湾における人工知能に係る特許出願の審査実務の発展と対応(中国語名:台灣人工智慧專利申請審查實務發展與應對)」。セミナー名:「世界AI技術の発展と特許布石の変化と趨勢、及び台湾、欧州、米国におけるAI特許の出願審査実務の発展と対応(中国語名:全球AI技術發展與專利布局演變與趨勢暨台歐美AI專利申請審查實務發展與應對研討會)」。このプレゼン資料は、後に知的財産局が2020年2月に編集した、新しい科学技術に係る事例を解説するための説明会の配布資料に収録された。 |
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2019年12月3日に知的財産局が公表した「わが国における人工知能に係る特許出願の概況及びよく見られる拒絶理由に対する解説(中国語名:我國人工智慧相關專利申請概況及申請人常見核駁理由分析)」(2019年10月版)
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