台湾の知的財産局(以下、知財局と称する)の公表した毎年の統計データによると、国外の出願人が出願した特許出願案件は、出願総件数の半数近くに及ぶ。そして、国外からの特許出願案件の明細書は通常、他国における対応出願の外国語明細書に沿って中国語に訳される。従って、外国語明細書の中訳の如何により台湾における中国語明細書の品質が直接左右される。なお、明細書の中訳に補正できない間違いがあった場合、出願人の権益に影響が及ぶことは言うまでもない。しかし、近年、台湾と中国の交流の増大、及び中国の科学技術の発展等の要因により、台湾における明細書の中訳、ひいては中国語表現は中国からの影響が避けがたく、その結果、台湾における特許出願の実務が要請するところに合致しなかったり、特許の解釈、甚だしきに至っては特許明細書の明確性要件に影響を与えてしまったりする現象が現れている。
弊所の経験、及び多数のセミナーに参加したときに得た認識によると、明細書の低品質な中訳は通常4つの種類に分けられる。1つは「誤訳」であり、これはよく見られるものであるので贅言を要しない。一方、他の3つの種類は出願人(なかんずく外国出願人)にあまり知られないもので、これらも特許出願に拒絶査定又は補正指令を招いてしまう可能性があるので、留意しなければならない。読者(特に出願人)の理解に資するために、低品質中訳の他の3つの種類を以下にまとめる。
一、 機械翻訳に頼った結果、硬くて難解な翻訳になってしまったもの
周知のように、機械翻訳に頼って明細書を翻訳すれば、時に訳文が流暢でなくなり、翻訳精度が低下し、原意が失われる問題が生じてしまう。知財局の審査実務では、英語で作成された対応特許明細書により中訳された特許出願案件において、文章が硬く難解となっている場合であって、審査官がその中訳の出来の悪さが機械翻訳によるものであると気付いた場合、拒絶査定又は補正指令を出す可能性が高くなる。
二、 台湾における習慣と法令を顧みずに中国における用語を使った結果、訳文が難解となり更には誤解を招いてしまったもの
台湾の特許明細書に中国の技術用語が用いられることは益々増える趨勢にあり、国外からの特許出願の明細書中訳にいたってもこの現象は同様である。しかし、中国の技術用語は、台湾で慣用の技術用語と往々異なる(例えば、台湾ではcompact diskは「光碟」と呼ばれるが、中国では「光盤」と呼ばれる)ほか、同一の中国語用語が異なるものを指すことも稀ではない。台湾の用語に沿って訂正せずに中国の用語をそのまま使うと、審査官にその意味を分かってもらうことが困難となるのみならず、誤解が生じてしまう場合もある。近年、技術用語のほかに、台湾の特許明細書に中国の法律用語が使われる現象が増えている。知財局はかつてセミナーで、「特許請求の範囲/請求項」のような重要で基本的な専利法上の用語さえも「権利要求」という中国の用語に代替されるケースもあると指摘した。このような用語の使用は、通常明細書と請求の範囲の補正で解決できるが、出願人に負担をかけることは免れず、知財局が審査にかけられる有限の人的、時間的資源も無駄にされてしまう。
三、 台湾における慣用の表現を顧みずに無理やりに外国語を中訳した結果、訳文が難解となり更には誤解を招いてしまったもの
例えば、外国語の受動態を中国語に直訳し、過度な頻度(例えば三回連続)で一つの文に使用すると、明らかに台湾における慣用の中国語表現にそぐわなくなるので、審査官が難解であると判断し、補正を要請してくる可能性がある。
他に、国外からの特許出願案件の場合、(通常、国際出願の優先期間を主張するために)外国語明細書が先に知財局に提出され、中国語翻訳文が後から提出されることは往々ある。この場合、外国語明細書と訳文を比較すれば、審査官は容易に中訳に間違いがあるかどうか、機械翻訳頼りの中訳かどうかを確認できる。出願人としては、たとえ外国語出願であっても、審査対象となるのはその訳文としての中国語明細書であることに留意しなければならない。
機械翻訳はその精度が益々向上しているが、特許明細書における一字の違いも特許出願の結果と特許訴訟の勝敗に影響を及ぼす可能性があるので、無闇に機械翻訳に頼ってはならない。そして、台湾と中国の間の交流が長年にわたり行なわれてきて互いに通じる用語が多くなっているが、表現上の習慣、とりわけ技術的用語に顕著な違いは依然として存在している。台湾での特許出願においては、台湾の言語習慣を顧みずに、中国の技術用語をそのまま使用したり、簡体字版明細書を繁体字版に変換するのみで知財局に提出することは避けるべきである。