1 ポインセチア品種権に係る争議
育種企業の参入は花き市場にイノベーションをもたらす一方で、植物品種権の取得は地元農家の経済的利益を制限する可能性があり、イノベーションの保護と地域産業チェーンの保障の間には矛盾が生じている。「ポインセチア」は、台湾市場で長年親しまれている季節性の植物であるが、その巨大な市場需要が、前述の矛盾を一層際立たせている。このような背景のもと、2024年に最高行政裁判所が下した判決(最高行政法院113年度上字第556号行政判決)は、品種権の新規性喪失の判断に関する立証責任を明確化し、品種イノベーションと農業発展との均衡を図るものとなった。同判決の主な争点は、基準日(出願日の1年前)以前に行われた「試験栽培」と市場「普及」注を如何に認定するかにあり、同判決は、台湾司法制度において、植物品種権の新規性喪失を初めて審理した事例でもある。その詳細を以下に紹介する。
2 背景
2012年9月26日、X社(外国企業)は、代理人Y(台湾現地代理企業)を通し、農業委員会(現在の農業部、日本の農林水産省に相当)に対し、ポインセチアの品種権を申請し、第A01437号「クリスマス」との名にて品種権(以下、係争品種権、品種そのものを係争品種と称す)の登録を受けた。
2021年11月29日、原告Aは、係争品種権の取り消しを申立てを行い、代理人Yが、申請日の基準日(一年)前に、農家Z(花き栽培農家)を含む、多くの花き栽培農家に対して係争品種権の種苗を提供していたこと、並びに、農家Zが、係争品種により品評会への参加、公開展示への参加による入賞、並びに販売記録を有すること、また、ポインセチアの標準育成周期が、通常6~9か月であること等を考慮すると、係争品種は基準日前に市場で流通していたと推定され、『植物品種及び種苗法』(以下、種苗法)第12条の新規性の喪失に該当する、と主張した。
代理人Yは、X社を代表して答弁を行い、申請前に、花き栽培農家に無償で試験栽培用の苗を提供したのは、現地の環境や市場需要への適応性に適しているかを観察する試験栽培のためのものであり、試験期間が基準日前であったとはいえ、試験栽培の契約においては、種苗の流出・公開展示を禁止する旨が明文化されていたため、農家Zの個人的な過失による契約違反があったとしても、係争品種申請者が許可した販売・普及行為には該当せず、係争品種は依然として新規性を有している、と主張した。
農業部が、代理人Yによる主張を認めたため、原告Aは、それを不服とし、行政救済を求めたが、知的財産及び商事裁判所(以下、知財商裁)も、農業部の見解を支持した。
原告Aは、知財商裁の判決に不服として、更に、最高行政裁判所(以下、最高行裁)に上訴し、代理人Yが基準日前に、係争品種の種苗を数百の花き農家に提供したことは、試験栽培の範囲を超えたものであり、種苗の普及に該当すると主張した。さらに、代理人Yが、試験栽培の契約を締結しながらも、契約満了後の栽培植物の回収・廃棄義務を積極的に履行しておらず、係争品種は基準日前に、既に市場で普及し、広まっていたことから、新規性を喪失していると、主張した。
係争品種に関する出来事とその経過概要は以下のとおりである。

3 関連法律と主な争点
種苗法第12条は、申請日より1年以上前に、品種権申請者自ら又は他人が品種権申請者から同意を経て、国内にてその種苗または収穫物を販売又は普及した場合は、当該植物品種は新規性を喪失し、品種権は付与されない旨を規定している。このため、本件では、以下の点が争点となった。
(1)第三者に、基準日前に「試験栽培」の権限を付与することは、種苗の普及行為に該当するか。
(2)第三者による試験栽培契約(市場流通・販売禁止条項等)に違反した場合、品種権の新規性の認定に影響するか。
(3)裁判所の新規性の認定において、如何に関連証拠を評価するか。
4 最高行政裁判所の主な判決理由
(1)植物品種権の新規性喪失にかかる法的根拠
種苗法第12条は、1991年の植物の新品種の保護に関する国際同盟(UPOV)条約の規定を参酌し、品種登録申請日より前の、国内または国外における、種苗または収穫物の販売または普及は、一定期間を超えないものとし、国内では、申請日前一年を超過してはならないと規定している。最高行裁は原審(知財商裁)の見解に同意し、新規性喪失に係る規定の重要な点は、販売または普及行為が「商業的利用の性質を有するか否か」にあり、したがって、単純な試験栽培は、商業的販売を目的とした市場普及行為に関与するものではなく、原則的に新規性喪失の事由には該当しない、との見解を示した。
(2)「試驗栽培」と「市場普及」の認定
① 本件において、代理人Yと農家Zの間で結ばれた試験栽培契約では、種苗の秘密保持のため、係争品種の使用範囲(指定期間における指定された苗床内での観察使用)にかかる制限が明文化されており、その他の如何なる形式での繁殖、公開展示や販売行為も禁止されていた。また、Z農家がポインセチア鉢花品評会に参加していたとの行為が、係争品種の「普及」に該当するかが、審理における重要な争点であるとした。
② 原審では、試験栽培契約書と農家Zの証言に基づき、試験栽培行為は、商業的な販売または普及を目的としたものではなく、Z農家の品評会への参加行為は品種権者の同意を得ていない過失であり、当該品種の新規性喪失の事由とはならない、と認定された。最高行裁は、原告Aは、もともと、係争品種の種苗が基準日前に、第三者である農家Zに栽培用に提供され、公開展示されていたことについて証拠を提出していたが、原審(知財商裁)では、代理人Yの農家Zへの種苗提供が商業普及を意図したものであったかを審理していなかった点を指摘し、特に、代理人Yが、農家Zの品評会参加後にその違約責任を追及していないことから、代理人Yの農家Zの市場普及行為を黙認していた可能性の有無、及び他の花き農家との同様の試験栽培契約締結の有無、特にその履行状況、無断公開・販売など違約行為の有無などの点につき、いずれも更なる審理が必要である、との見解を示した。
(3)品種権の取消し手続きにおける立証責任
最高行裁は、付与された品種権が新規性等の要件を満たしていないと考える者は、何人でも中央主管機関に取り消しを求めて、申立てを行うことができ、この場合、申立人は、それを証明する証拠を提出しなければならないことを示した。ただし、第三者が種苗または収穫物を販売或いは普及させる行為を行い、当該種苗が品種申請権者またはその代理人によって提供されたことを申立人が証明した場合は、品種権者は、これらの行為が、品種権者の同意なく行われたことを証明して、新規性喪失の推定を反証する必要がある。裁判所は、このような案件の審理では、品種権申請者と代理人の授権範囲、第三者との契約内容または履行状況を考慮し、第三者の販売または普及行為が、品種権者またはその代理人の明示的または黙示的な同意によるものであるか否かを総合的に判断しなければならないとした。本件では、原告Aが、第三者である農家Zが係争品種を保有し、使用していることを示す証拠を提出したが、契約及び関連資料はいずれも品種権者であるX社が保有しているため、X社はその行為が「販売と普及への同意」に該当しないことを釈明する責任を負うべきであるとし、最高行裁は、本件は引き続き審理すべきとし、知財商裁に差し戻した。
5 判決分析と実務上の留意点
種苗法第12条は、国際的な植物品種保護と一致した基準を確立しようとする台湾の立法意図を反映している。しかしながら、現地環境や市場適合性を評価するための「試験栽培」と、「商業的普及」の境界が曖昧になることが多く、特に、契約条項と実際の契約履行に乖離がある場合には、本件のような争議につながる可能性がある。
本件は、裁判所が証拠に基づいた「意図」の認定を重視することを示している。即ち商業販売や公衆展示を明示的に禁止する契約条項があったとしても、監督されていない試験栽培行為は、間接的な市場普及に対する「黙認」とみなされる可能性がある。したがって、多国籍企業が現地代理人と協力する際には、新規性を保護し類似した争議のリスクを低減するため、契約上の監督体制と記録管理の実務を強化することが望ましい。
注:台湾の、「植物品種及び種苗法」における各用語の定義は以下のとおり(第3条から、一部抜粋)
「育種者」とは、品種の育成又は品種の発見及び開発に従事する者をいう。
「種苗」とは、植物体の全部又はその一部で、繁殖又は栽培の用に供されるものをいう。
「販売」とは、一定の価格で売買する行為又は交換する行為をいう。
「普及」とは、他者に対して、種苗を採用するように紹介、提供する行為をいう。