台湾において先発医薬品(以下、新薬とも)のメーカーは、新薬の許可証を取得した後、パテントリンケージ制度を通じて、新薬に関する物質、処方または用途に関連する発明の特許を、パテントリンケージ登載システムに登載し、これにより後発医薬品(いわゆるジェネリック医薬品)の承認審査プロセスと新薬の特許状況をリンク付けることができる。一方、現在の医薬品登録の審査実務では、特許侵害紛争を回避するために、後発医薬品の許可証に記載される適応症から、特許で保護されている新薬の適応症を除外することが認められている。このように適応症の一部を除外する申請は虫食い申請(curve-out)とも呼ばれ、適応症の一部を除外した添付文書(製品ラベル)はスキニーラベル(skinny label)とも呼ばれている。
しかし、このように医薬品特許の保護対象となる用途を、後発医薬品側が適応症から明示的に除外することによって、その用途に関する発明の特許権の侵害を果たして回避し得るのであろうか。台湾の知的財産及び商業裁判所(以下、単に裁判所)は、2021年民事判決第9号において、「ヒト臨床試験結果によって裏付けられている後発医薬品の添付文書に記載された治療効果」に基づいて評価すべきであり、「後発医薬品の修正後の添付文書」にのみ依拠すべきではないと判示した。また、同判決は、除外された適応症と除外されていない適応症とが実際の医療現場において区別し得るものであるかどうかについても検討すべきであるとも指摘している。同判決の概要については、2022年4月の弊所ニュースレターをご参照されたい。また、今年の10月に、裁判所は2023年民事判決第58号において同様のアプローチを採用したが、この事件の判決は後発医薬品メーカーに有利なものであった。概要は以下の通りである。
2003年第58号民事判決の事件において、係争医薬品は、特許を有する先発医薬品と同一の有効成分(ニンテダニブエタンスルホン酸塩)を含有している後発医薬品メーカーの製品である。したがって、特許侵害の有無の判断は、係争医薬品の適応症と係争特許(台湾特許第I268922号、第I285635号、第I418351号)の医薬用途との関連性がポイントとなる。係争医薬品はまだ販売承認されていないため、裁判所は、係争医薬品が係争特許の請求範囲または特許権の存続期間の延長登録が認められた範囲に含まれるか否かを判断する上で、係争医薬品の添付文書の案文が、重要な参考資料となると指摘した。
添付文書の案文によれば、係争医薬品の適応症は「進行性線維化を伴う間質性肺疾患(PF-ILD)」である。一方、係争特許は、「特発性肺線維症(IPF)」および 「全身性強皮症に伴う間質性肺疾患(SSc-ILD)」の治療に関するものである。
裁判所は、係争医薬品の適応症とされるPF-ILDと、係争特許の用途であるIPF及びSSc-ILDとは、「臨床診療」の観点において明確に区別することができるだけでなく、「薬剤臨床試験」の観点においても容易に区別することができ、したがって、係争医薬品のPF-ILDと係争特許のIPF及びSSc-ILDとは異なる範囲に属するものであり、よって係争医薬品は係争特許の範囲に属するものではないと判断した。その理由は以下の通りである:
- 台湾の国民健康保険の薬剤給付規定によると、上記有効成分をPF-ILDに使用する場合の保険適用基準は、係争特許の2種の適応症であるIPF及びSSc-ILDに使用する場合とは異なっている。主な違いは、PF-ILDに使用する場合には、少なくとも肺機能の低下が見られ、且つ呼吸器症状の悪化、または高分解能コンピュータ断層撮影(HRCT)検査で確認される線維化の増大が見られることが必要である点にある。したがって、臨床診療の実務において、PF-ILDはIPFおよびSSc-ILDと明確に区別することができる。
- 原告は、IPFまたはSSc-ILDのいずれの患者も、PF-ILDに進行することがあるため、PF-ILDの患者と重なると主張したが、裁判所は、臨床医師は診断時に、HRCT画像や肺機能検査を通じて、PF-ILDの患者群と、IPFまたはSSc-ILDの患者群とを区別することが実際に可能であるとの見方を示した。このことは、臨床の現場において、患者が3種の適応症のどれに当たるかを判断する際に、原告の主張するような混乱は生じないと判断されたことを示している。
- 係争医薬品の添付文書の案文には、IPFやSSc-ILDの治療に関する臨床試験結果が用いられていない。案文に用いられている臨床試験の対象患者はすべてPF-ILDと診断された患者であり、明らかにIPF患者は除外されている。しかも、試験の結果からは、係争医薬品がPF-ILDの患者に対して有意な治療効果を有し、死亡リスクを低減できること示されている。これは、係争医薬品が、その添付文書の案文に記載されているとおり、PF-ILDを適応症とする治療に確かに有効であることの証明となり、また、係争医薬品の適応症が、添付文書の案文に用いられているヒト臨床試験の結果によって裏付けられていることも確認できる。よって、係争医薬品の適応症に係争特許の対象である適応症が含まれないと判断することは医学的に妥当である。
- 裁判所は、「被告が添付文書の第11項:薬物動態、第5項:警告と注意事項、第6項:特定の背景を有する患者に関する注意、第8.2項:臨床試験結果、第9項:過量投与などの項目から当該適応症を削除したことは、上記の臨床試験結果が全てIPFまたはSSc-ILD患者を対象とした臨床試験から得られたものであり係争医薬品がIPFまたはSSc-ILDに適用できるという事実を変更するものではない」という原告の主張に同意しなかった。裁判所は、これらの項目が主に、異なる患者群間における薬物動態学的類似性、薬剤投与後に観察される副作用/副反応と安全性、高齢者と若年者の治験参加者の間で全体的な有効性と安全性の差異がないことを考察しているに過ぎず、これらの点はすべて、IPF、SSc-ILD、PF-ILDにおけるニンテダニブの治療有効性とは無関係であると示した。
また、「適応外使用(Off-label Use)」は医師の間で一般的な処方行為であるとして係争医薬品に特許侵害の恐れがあるとする原告の主張に対しても、裁判所は次のような見解を示した:
♦ 添付文書は、医療従事者に薬剤の使用を指南するものであり、医師は、添付文書に記載された適応症に基づいて薬を処方する。旧来の判決も、適応外使用は医師の個人的行為と言え、特許侵害の判断とは無関係であるとしており(2023年度民事判決第38号を参照)、また、医薬品の適応外使用による副作用でも医薬品被害救済を請求できることも同様に、係争医薬品が特許侵害を構成するか否かとは無関係である。
♦ 国民健康保険において適応外使用は保険適用外であるため、医者がIPFやSSc-ILDと診断された患者に対して本件の係争医薬品が処方されることはまずないと言える。また、IPFやSSc-ILDと診断された患者にとっては、上記の先発医薬品であれば保険が適用されるため、患者が自費で本件の係争医薬品を選択する可能性は低い。一方、保険適用基準を患者が満たさない場合は、IPFやSSc-ILDと診断されるに至っていないことになるが、このような場合に医師が自費治療として患者に本件の係争医薬品を処方したとしても特許侵害には当たらない。
上記判決からは、添付文書における適応症の一部除外後の後発医薬品が先発医薬品の用途発明の特許の範囲に含まれるかどうかを判断するに当たって、裁判所は、両者が臨床診療の実務において明確に区別し得るものであるかどうかを総合的に検討することが見て取れる。また、国民健康保険の適用基準も、このような判断における一つの客観的な基礎となる。この他、後発医薬品の添付文書に関する臨床試験結果が、医学的合理性をもって対応する有効性を裏付けることができるかどうかも重要な要素である。本判決は一審判決であり、原告は控訴を申し立てているので、当所では、引き続き動向を注視し、追ってご報告する。