台湾の医薬品パテントリンケージ制度は2019年8月20日に施行され、先発医薬品(以下、新薬と称す)メーカーと後発医薬品(以下、ジェネリック医薬品と称す)メーカーの間における特許の無効及び侵害に関する紛争の早期解決を目的としている。具体的には、新薬メーカーが、新薬薬品許可証を取得した後、新薬に関連する特許権に係る情報を自ら衛生福利部のパテントリンケージ登録システムに登録し、これにより、ジェネリック医薬品メーカーは、新薬の特許に係る情報を予め把握することで、特許に抵触しないように開発することが可能となる。また、ジェネリック医薬品への薬品許可証の発行が一時停止される12ヶ月の間に、特許侵害にかかる懸念が払拭されることが期待され、最初に当該新薬の特許権に挑戦または回避(デザイン・アラウンド)に成功し、薬品許可証が発行されたジェネリック医薬品メーカーは、12ヶ月の市場独占販売期間(ジェネリック独占権)を得ることができる。(詳しくは、当所ニュースレター2018年Q1を参照のこと)
「新薬」とは何か。その範囲とは如何なるものか。これは、パテントリンケージ制度において核となるイシューである。それにもかかわらず、裁判の判決における見解には、未だ、一致が見られていない。さらに、新薬の特許情報をパテントリンケージ登録システムに登録する行為自体を、衛生福利部による行政処分とみなすべきか、それとも、単に新薬薬品許可証所有者の行動とみなすべきかについても、最近の判決を見ると、裁判官によって意見が分かれている。もし、前者のように解釈されるならば、衛生福利部はパテントリンケージ登録システムに一度登録された資料を削除できることとなり、これは新薬薬品許可証所有者にとり不利な状況となる。
当所の昨年のニュースレターで紹介したように、台北高等行政裁判所が2022年5月12日に下した2つの判決では、パテントリンケージ登録システムに登録できる『新薬』は、台湾薬事法第7条に規定の『新成分、新治療効果・複方、又は新投与経路製剤である薬品』に限定されるべきであり、『新剤形、新用量、新単位含有量製剤』までを含むべきではないとの見解が示されている。また、この2つの判決において、台北高等行政裁判所は、新薬薬品許可証所有者によるパテントリンケージ登録システムへの特許情報の登録を、衛生福利部による行政処分とみなし、さらに、衛生福利部には不適格な登録を削除する権限があると判断している。
しかしながら、台北高等行政裁判所は、2022年12月29日に下した2つの判決にて、特許情報は、新薬薬品許可証所有者によって登録された翌日に、自動的にパテントリンケージ登録システムに掲載され、衛生福利部の承認を得る必要はないことから、パテントリンケージ登録システムに登録する行為は、「新薬薬品許可証所有者による意思表示」とみなされ、衛生福利部による行政処分ではなく、後から職権によって削除できるものではないとの、上記判決とは異なる見解を示している。
台北高等行政裁判所はさらに以下のように指摘している。
台湾薬事法第48-6条、第48-7条によると、パテントリンケージ登録システムに登録された新薬の特許情報は、新薬薬品許可証所有者のみ変更・削除可能であり、また、当該特許情報が第三者から不適格であるとの指摘を受けた場合でも、衛生福利部は、この指摘を受けたことを新薬薬品許可証所有者に告知し、特許情報の変更・削除を要求することしかできないとされている。このように、衛生福利部はパテントリンケージ登録システムの主務官庁であるものの、そこに掲載された特許情報を審査・管理に介入することはできないため、衛生福利部がパテントリンケージ登録システムに登録された特許情報を変更・削除することは、台湾薬事法第四章の一「パテントリンケージ制度」の規定に対する越権行為となるほか、パテントリンケージ制度における、新薬の特許情報の透明化により、新薬メーカーとジェネリック医薬品メーカーの競争を緩和するという立法目標を損なうことにつながるものである。
「新薬」の定義については、台北高等行政裁判所の上記12月の判決は以下の見解を示している。
- 台湾薬事法第四章の一「パテントリンケージ制度」は、台湾が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に加入するための規制改革として導入したものであり、同法の第7条よりも後に立法されたものであることから、立法者には、ここで言及された「新薬」と、同法の第7条で言及された「新薬」とを、同じ解釈とする意図はないと考えられる。
- 関連する条文からも明らかなように、台湾薬事法第四章の一における「新薬」とは、新たに(一定期間内に)薬品許可証を取得したものを指している。新たに薬品許可証を取得したものとしてパテントリンケージ登録システムに登録する場合、新薬メーカーとジェネリック医薬品メーカーの間における時間的効果・利益のバランスを追求すべく、当該新薬そのものの性質に関わらず、その「物質、組成物又は処方、もしくは医薬用途」に係る適格な特許情報(台湾薬事法第48-3条第2項を参照)を、台湾薬事法に定められた期間内に提出する必要がある。
- つまり、薬品許可証を取得したものが、「新成分、新治療効果・複方、又は新投与経路製剤である薬品」の場合でも、「新剤形、新用量、新単位含有量製剤」の場合でも、「物質、組成物又は処方、もしくは医薬用途」の特許権に関わるものである限り、パテントリンケージの登録対象となるため、ジェネリック医薬品メーカーは、当該特許に対し、ジェネリック独占権を得るための特許への挑戦・侵害回避を行うことができ、特許権者は、特許情報を登録することで、台湾薬事法第四章の一「パテントリンケージ制度」の仕組みを通してバランスを取ることが可能となる。
「新薬」とは何か。衛生福利部は職権によってパテントリンケージ登録システムの情報を変更・削除できるのか。この問題はパテントリンケージ制度において核となるイシューである。それにもかかわらず、台北高等行政裁判所による判決では2つの異なる見解が示されている。どちらが正しいかについては、上訴による最高行政裁判所の最終見解が待たれる。引き続き注目し、随時紹介していきたい。
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