台湾の専利民事訴訟では、被告が専利の新規性又は進歩性について争うことで専利無効の抗弁を主張することができる。これに対し、裁判所も専利の有効性の有無について判断しなければならない。そして、裁判所による進歩性の判断につき、台湾の最高裁判所は、その2024年11月に下した判決(113年度台上字第459号)を通じて、当業者の技術レベルを考慮すべきであると再度強調したほか、被告が複数の引例を組み合わせようとする場合、裁判所が「(原告の専利に)最も近い先行技術」に当たる「主要引例」を指し示さなければならないとした。
この専利訴訟事件では、原告の専利(以下、「本件専利」と称する)は制御装置をプログラム可能にする方法であり、本件専利は設定、フィールドへの入力等6つのステップを含んでいる。そして、原告は、被告が開発した制御装置、及びプログラミングツールが本件専利を侵害したと主張した。一方、被告は、その主な抗弁の方法として、多数の引例を提出し、それらの引例の組み合わせが本件専利に進歩性がないことを証明できると主張した。しかし、被告が提出した引例のいずれも本件専利のステップの一部のみを開示していたため、「当業者がそれらの引例によって容易に本件専利の発明を完成できるか」が攻防の焦点となった。この訴訟は、いくつかの審級の裁判所で審理を受け、最初の一審裁判所も二審裁判所(いずれも知的財産及び商事裁判所)も本件専利に進歩性がないとして原告に敗訴判決を下した。原告が不服として上訴したところ、最高裁判所は、2022年8月に111年度台上字第186号判決を下し、「本件専利の出願時の当業者の技術レベルは、当業者が引例の転用、置き換え、改変、組み合わせを為すことができるかどうかということへの判断に影響を及ぼすものである、原審裁判所はこれを調査していない」として訴訟を原審に差し戻した。また、最高裁判所は、主観的・恣意的な判断によりもたらされる誤り(例えばいわゆる進歩性判断における「後知恵バイアス」)を避けるための、専利が長期にわたって存在してきた問題を解決したか、他人に許諾したような商業上の成功があるかなどの二次的考慮要因を原審裁判所は考慮していないと判断した。
にもかかわらず、差し戻し審の判決では、本件専利は依然として進歩性がないとされたため、敗訴した原告は再び最高裁判所に上訴した。
これに対し、最高裁判所はその113年度台上字第459号判決で差し戻し審の判決を破棄し、再度訴訟を知的財産及び商事裁判所に差し戻した。今回の差し戻しの理由として、最高裁判所は、原審裁判所が進歩性について判断した際、被告が提出した数多の引例のうち、「(本件専利に)最も近い先行技術」即ち「主要引例」を指し示していないと指摘した。「主要引例」とは、専利発明を想到させるための最も有益な「単一の引用文献」を意味する。即ち、「主要引例」で開示された技術情報を拠り所とする場合に、当業者が専利の発明を完成する可能性が最も高いということである。最高裁判所の見解では、裁判所が進歩性について判断する場合、専利発明と「主要引例」を比較した上で、当業者が関連する先行技術を参考にしてその発明を容易に完成することができるかどうかを考慮しなければならず、さらに、後知恵バイアスを避けるために、専利の個々の構成要件に合わせて機械的に各引例から抽出した内容を組み合わせるようなことをしてはならないとされた。従って、最高裁判所は、原審は「主要引例」を特定せずに各々の引例に開示された内容により直ちに専利に進歩性がないと推論すべきではないと指摘した。その他、最高裁判所は、欧州のCOULD-WOULDアプローチを引用し、裁判所が進歩性の判断を行う場合、当業者が先行技術を参酌して発明の内容を完成する可能性や意欲があるかを考慮することもできると指摘した。
本件専利は2001年2月に登録査定を受けたものであるが、当時台湾の知的財産局の専利審査基準には、複数の先行技術を組み合わせる際の「主要引例」に関する規定がなかった。2017年版の専利審査基準になってはじめて「主要引例」に関する規定が導入された。その他、最高行政裁判所は、その109年度判字第335号等の判決を通して、無効審判手続きで進歩性の判断を行う場合、「主要引例」と無効審判の対象となる専利の差異を考慮することを肯定した。現在、知的財産及び商事裁判所の行政訴訟では、裁判官が当事者に数多の引例のうちのいずれが「主要引例」であるかを指定するよう要請することもよく見られる。そして、専利民事訴訟に関しては、最高裁判所は今回の判決で「主要引例」「COULD-WOULDアプローチ」を含む専利の進歩性に関連する見解を示したので、今後知的財産及び商事裁判所は他の専利民事訴訟でどのように対応、処理するかは留意を要する。一方、専利民事訴訟で複数の引例を提出して専利の進歩性について争おうとする被告の場合、予めこの動向に相応する準備をすることが望ましく、専利の進歩性を維持しようする原告なら、最高裁判所が判決を通じて示した見解をどのように自らに有利に働かせるかを考えるとよい。
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